映画『マトリックス』のメタファー(暗喩) 残像としての世界

昔、『マトリックス』という三部作の映画がありました。当時、ユニークな世界観や映像表現でヒット作となった映画です(近年、二十年ぶりに、第四作目が出ました)。
この映画については、その世界観について多様な解釈や議論がなされましたが、ここでは、少し違う切り口で、この映画が達成している「表現の的確さ(正当さ)」について考えてみたいと思います。

というのも、この映画が生々しく表現できている「現実世界」感覚(仮想現実の表象)は、変性意識状態(ASC)シャーマニズムまたサイケデリック的な状態(世界)を研究し、実践する者にとっては、とてもしっくりくるメタファー(暗喩)となっているからです。
実際のところ、映画で描かれているマトリックスの世界と、私たちの現に生きているこの「現実世界」とは、さほど事情が違っているわけではないからです。
ただ、ここで解説する
話は、エンタメ的な動画解説などにあるような、「そう考えることもできる=面白い」的な、ネタ的な「解釈(都市伝説)」といった類の話ではなく、もっと真剣な、実践的な「現実変容」のテーマとしてそうであるということなのです。

さて、映画『マトリックス』においては、人類が生きている「現実世界」は、実は、機械によって作られた「仮想世界(仮想現実)」であるという設定になっています。
では、実際に、
私たちが「現実世界」を見るときには、何が起こっているでしょうか?
別のところでは、変性意識状態(ASC)という特異な意識状態や意識世界を検討する際に、逆に、
この「現実世界(日常的現実)とは何か」ということについて、ユング心理学系(プロセス指向心理学)のミンデル博士が唱える「合意的現実 consensus reality 」という理論を取り上げてみました。この理論は、実際のところ、とても妥当な考え方なのです。
この理論は、「リアリティ(現実性)」とは、人々の「合意」によって作られているという考え方です。
というのも、私たちが、この「現実世界」と感じているものは、決して客観的な実在としてあるのではなく、実際のところ、「まわりの人々が
合意している価値観」「まわりの人々が合意している判断基準」「まわりの人々の集合的な信念体系(ビリーフ・システム)」を取り込む( introjection )ことによって作られ、それらにフィルタリング(濾過)された結果のものとして在るからです。
そして、その価値判断に合わないものに触れた際は、それを「現実世界」とせず、その体験を無意識のうちに素早く削除してしまうという体制(システム)を心の中に作っているからです。
「まわりの皆が『現実である』と見なしている(合意している)もの」を、私たちは「現実世界」と感じているということです。
これは、私たちの心の発達の歴史を考えても、容易に想像がつきます。
まず、私たちは、幼少期に、「親が現実と見なしていること」を、私たちは心の中に取り込み、「これが『現実世界』だ」という感覚をつくっていきます。そこで、親との「合意」がなければ、欲しいものを得ることや、嫌なことを避けることができないからです。
そのうえで、「友達たちが現実としていること」「学校の先生が現実と教えていること」「テレビやメディアが現実としていること」など、幼い子どもが信じざるを得ない、従わざるを得ない社会的権威を取り込んでいくことで、「現実世界」というものを、心の中に構築してきたのです。まわりの「空気を読む」ことで、「現実世界」を確かめてきたのです。
私たちは、この目の前の現実を、自明の、「ありのままの現実」だと思い込んでいますが、実際は、「人間たちが作った情報世界」を見ているだけなのです。
たとえば、今、目の前に「コップ」があるとします。これを「コップ」と見るのは、その情報を知る人間だけです。
猫やコオロギが、その「コップ」を見ても「コップ」とは思いません。或る物体があるだけです。物体という知覚もないかもしれません。
人間によって、「コップ」という情報(意味)が作られ共有され、私たちの潜在意識にそのシステムが埋め込まれて、そのフィルターで「意味」が勝手に生成してくるので、私たちは、この物質みたいなものを「コップ」と信じ込んでいるだけです。
それは、宇宙的な現実の水準(地平)から見れば、現実のほんの任意の一部、人間たちのゲーム、「仮想現実」に過ぎません。

「合意的現実 consensus reality 」の由来の多くは、社会やその手先である親やその他の「信念体系(ビリーフ・システム)」です。
「信念体系(ビリーフ・システム)」の特徴は、単なる「意味/情報」だけではなく、そこに価値づけ/価値感情が貼り付いているということです。
「これが現実だ」の裏には、「そんなのは現実ではない」が強力に貼り付いて、瞬間瞬間、判断/審判(ジャッジメント)を行なっているのです。
そして、私たちは物心がつく前から、そのシステムによって感情(欲求)的に訓練され、束縛された状態で社会に出されていく(再生産されていく)のです。
つまり、実際のところは、この社会環境による、私たちの知覚・感覚・意識への洗脳(束縛)は、映画におけるマトリックス(母体)による支配と、まったく大差がないものなのです。

ところで、このような「合意的現実 consensus reality 」「信念体系(ビリーフ・システム)」のあり方は、上に触れたように、単に思考や認識、情報や知識レベルとしてあるだけではありません
もし、そうであるならば、単に「考え方を変える」だけで、「現実世界」が簡単に変わるからです。
しかし、よくある自己啓発本が唱えているような、そのようなことは、実際には起こりません。

私たちが「合意的現実」が簡単には変えられないのは、それが「強い感情的な束縛」をともなっているだけでなく、さらに「肉体の強い硬化」にも、補強されて成り立っているからです。
そのため、私たちはなかなかこの「合意的現実」を抜け出したり、相対化することが
できないのです。

ところで、当サイトでは、心理療法であるゲシュタルト療法体験的心理療法を解説する中で、その前提となっている「心身一元論的」な人間のあり様についてさまざまに指摘しています。
私たちの「心理と肉体」とは、深く一つのものであるという考え方です。
そのため、「抑圧された心(心理)」と「抑圧された肉体(身体)」とは、相互的なフィードバック関係をもって、お互いを抑圧し、硬化した心身状態をつくり出していると考えるのです。

世間一般では、この心理と肉体とが、相互的に抑圧的に育っていく事態があまり知られていませんが、とても重大な問題点であるのです。
例をあげると、たとえば、私たちは、日頃よく「呼吸」を止めることで「感情」を抑えようとします。抑制しようとします。「息を止める」「息をつめる」などという行為にもそのことが現れています。
「感情の流れ」と「呼吸の流れ」とは、心身一元論的に同期しているからです。
人々の中には、子どもの頃から、「呼吸を抑える」ことが癖となってしまっていて、そのために肉体自体(肺や横隔膜)が硬くなってしまっていて、深い呼吸ができないという人がいます。
そういう人は、最初のうちは、呼吸を止めることで「その時、感じたくなかった生々しい感情(苦しみ)」から自分を守ることができたのです。
そのため、「呼吸を抑える=感情を抑える」が方程式になってしまったのです。
しかし、その結果、だんだんと肉体(肺や横隔膜)が硬くなってしまって、呼吸が浅くなってしまって、「感情が常態的に抑圧されている」という状態になってしまったのです。
そして、大人になって、生き生きとした感情が枯渇してしまっていること気づき、悩まされることにもなるのです。
肉体(肺や横隔膜)の硬化によって、感情が流れなくなってしまっているのです。
このように、私たちの心と肉体とは、一体のものとして成長し、存在しているのです。
抑えられている感情を解放するには、肉体(肺や横隔膜)を柔らかくして、解放してやる必要があるのです。
そのため、心(心理)を変えるのには、肉体の変容が欠かせないのです。
心身一元論的・ボディワーク的アプローチ

さて、このような相互抑圧の結果として、私たちの抑圧的な感情と肉体が生まれてしまっているわけですが、同時に、その中には、「合意的現実 consensus reality 」「信念体系(ビリーフ・システム)」も含まれているわけです。
知覚フィルターそのもののも、「合意的現実 consensus reality 」として体制化されてしまっているわけです。
そのため、合意的現実としての「現実世界」を、私たちは容易には脱出することができなくなっているのです。

さて、ところで、映画でもそうですが、この肉体的に硬化した「現実世界の外に出るには、強度の変性意識状態(ASC)を誘発する「赤いピル」のようなものが必要(有効)です。
(アップルの故スティーブ・ジョブズは、自伝の中で自身の(LSD)の体験人生の最重要事に挙げていました)
しかし、赤いピルのようなものに頼らずとも、強度の変性意識状態(ASC)を誘発し、この拘束的な知覚世界を超脱していく手法は多様にあります。
さきに触れた
体験的心理療法などもそのひとつです。サイケデリック(LSD)・セラピーの権威スタニスラフ・グロフ博士が、サイケデリック・セラピーからブリージング(呼吸法)・セラピーに移行したようにです。
(※ちなみに、化学物質(薬物)には、一方で「分裂を生み出す」「勘違いを起こす」「統合をつくらない」という特有の問題があるので、実は使用には注意が必要なのです。→変性意識状態(ASC)とは何か advanced 編「統合すれば超越する」)

さて、実際、深化/進化型のゲシュタルト療法をはじめ、ある種の体験的心理療法の手法が、強烈な変性意識(ASC)を創りだし、心身を内側から解放し、私たちの硬化した信念体系や知覚コードを溶解する効果を持っています。
深化/進化型のゲシュタルト療法などの体験的心理療法的な探求を、実直かつ真摯に進めていくと、心身が深いレベルで解放され、エネルギーが流動化されていきます。
身体の感受性が深いレベルで変わっていくことになります。
知覚力が鋭敏になっていくのです。
変性意識(ASC)への移行や、
日々の気づきの力も、ずっと流動性を高めたものになっていくのです。
そして、私たちは、旧来の硬化した世界を、まったく別様に見ていることに気づくこととなるのです。
ここから、トランスパーソナル心理学のような、個人に閉ざされた人格性を超えた心理学が発展していったわけです。

私たちの見慣れた世界は、単なる世間の信念体系、後付け的に既存の意味を再構成した「残像としての世界」にすぎず、よりリアルな世界とは、それよりも一瞬速く過ぎ去る、刻々まばゆい息吹が奔流するエネルギー世界であると直覚できるようになるのです。
それは、あたかも映画の中で、主人公ネオが腕を上げていくのにつれて、マトリックスのつくり出す幻想世界(エージェント)よりも「より速く」知覚し、「より速く」動けるようになっていくのと同じことなのです。

この感覚(体験)についての映像表現は、流動化し、透視力化していく知覚力の変容を、とても見事に表現しています。
シリーズ一作目の終盤では、あたりの風景やエージェントを「流動するデータ」として透視し、エージェントに立ち向かいはじめるネオの姿が描かれています。
映画のストーリーとしては、自分の力の可能性を感じはじめるネオという、覚醒的でエキサイティングなシーンであるのですが、実際には、たとえ特別な救世主でなくとも、私たち誰もが、この見慣れた表象世界(残像/白黒の世界)を抜け出し、それよりも「速く動いて」、その支配を脱する力を持っているのです。
「知覚/信念体系」の「現実世界(牢獄)」を、拡張された透視的な身体として、流れる虹のように超越(超脱)していくことができるのです。

そして、そのために私たちに必要なことは、単に頭で考えることではなく、心身と意識を「実際に高速度に解放していく」こと、そして、その中で新たな知覚力・意識力を訓練し、エネルギーを解放していくということなのです。

そして、それは実際できることなのです。

 

※気づきや心理統合、変性意識状態(ASC)へのより総合的な方法論は拙著↓
入門ガイド
『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。

関連記事
変性意識状態(ASC)と天国的身体―臨死体験のメタファー
明晰夢の効力 2 映画『マトリックス』の世界へ
映画『攻殻機動隊』ゴースト Ghostの変性意識
→映画『攻殻機動隊』2 疑似体験の迷路と信念体系
モビルスーツと拡張された未来的身体
「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー
ロートレアモン伯爵と変性意識状態
クライストと天使的な速度
X意識状態(XSC)と意識の海の航海について


↓動画「映画『マトリックス』のメタファー 残像としての世界」

↓動画解説「映画『攻殻機動隊』ゴーストGhostの変性意識」 新約聖書/聖霊/サイケデリック/チベットの死者の書/

↓動画解説「サイケデリック(意識拡張)体験とメタ・プログラミング」 変性意識/攻殻機動隊/チベットの死者の書/ジョン・C・リリー

↓動画解説 「変性意識状態(ASC)とは何か その可能性と効果の実際」

↓「『映画マトリックス』『攻殻機動隊』 現代的(心理学的)シャーマニズム」

※変性意識状態への入り方についてはコチラ↓ 動画「気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス」

↓多様な変性意識状態の姿については

▼▼▼【メルマガ登録】▼▼▼

無料オンラインセミナー、体験セミナー、イベント等々、各種情報をお送りしています。ぜひ、ご登録下さい! 

コチラ