シャーマニズムの現代性──脱魂と変容の心理的構造

 「シャーマニズム」と聞いて、どのようなイメージを持つでしょうか?

 ・未開部族の儀式
 ・
スピリチュアル系、精神世界系の怪しい話
 ・
オカルト的な迷信

 日本においては、一般的にこのような印象が強いかもしれません。

 けれど、20世紀以降の芸術や心理学、そして現代の心の探求において、「シャーマン的な感性/意識拡張(脱魂)」や「変容プロセスとしてのシャーマニズム」は、再評価される動きが続いています。

 この記事では、現代の私たちにとって、精神探求としての「シャーマニズムが持つ意味」を掘り下げ、心理療法や潜在意識の探求との接点について解説します。

 

「シャーマン的な存在」とは何か?

 芸術などの世界では、或る種の創造性のスタイルを持つ人に対して「あの人はシャーマン的だ」と語られることがあります。

 ここでの「シャーマン的」とは、単に奇異で神秘的という意味ではなく、

 ・抜きんでた超越的な感受性
 ・非常な
深層次元にアクセスする能力
 ・凡俗の流儀
を超えた洞察や表現力

 といった、人間の「内なる潜在意識を探索する力」を象徴する言葉として使われています。

 

◆シャーマニズムと意識変容のプロセス

 1960年代以降、西洋社会でもサイケデリック体験変性意識(ASC)体験的心理療などによって、潜在意識を探索して、「内的な変容」を経験する人々が増えました。
 そして、そのプロセスが、シャーマニズムの儀式や体験と構造的に非常に似ていることが、次第に認識されていきました。
 その結果、「シャーマニズム」は、もはや過去の迷信や未開の風習ではなく、「人類が持つ普遍的な心身変容の技法」として、多くの分野で再注目されていったのです。

 

◆シャーマニズムの世界観──3つの世界と「旅」

 世界中のシャーマニズムには、共通の世界観があります。
 それが、

 ・天上世界 (叡智)
 ・
地上世界 (人間世界)
 ・
地下世界 (パワーと癒し)

 という「三層構造」です。

 シャーマンはこの三世界を、魂を脱して(飛ばして)旅する存在です。

 この旅には「パワー・アニマル」と呼ばれる仲間、精霊的存在が伴ったりもします。彼らは導き手であり、案内人であり、異界の存在たちと出会うための仲介者です。

 このような世界(宇宙)の構造は、多くの民話や神話、児童文学などにも多数見られます。

・『ジャックと豆の木』
・『おむすびころりん』
・『不思議の国のアリス』(原題は「地下の国のアリス」)

 など、実は、シャーマニズム的構造を内包した物語は、私たちの周りにあふれています。

シャーマンになるための変容プロセス

 伝統社会においては、シャーマンになるには、特有の「内的な試練/内的な変容」が伴います。
 
これは、「巫病(ふびょう)」とも呼ばれる体験で、たいていの場合、以下のような段階を経ていきます。

  1. 召命(calling)
     突然の病気や幻視体験など、(本人の意図を超えた)「呼びかけ Calling」によって始まる。
  2. 異界への旅
     魂が異界へ連れ去られるような体験をする。
  3. 自己の解体
     古い自分が解体され、試練としての「死」を経験する。
  4. 再生された身体の獲得
     その後、新たな存在として蘇る。
  5. この世への帰還
     異界からこの世に戻り、共同体のために働く存在となる。

 この変容の構造は、ユング心理学やヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)にも通じる、普遍的な変容のモデルと言えます。

◆シャーマニズムと心理療法の共通性

 当スペースでは、こうしたシャーマニズム的プロセスを、

 ・潜在意識(異界)への潜入と探索
 ・心の刷新や再統合
 ・心的エネルギーの変換

 といった心理療法の実践モデルとしても捉えています。

 たとえば、心理療法の場(セッション)で浮上する「症状」は、しばしば、クライアントにとっては「憑き物/悪霊」のように感じられることがあります。
 しかし、セッションが深まっていき、心の深層(異界)に入って行くと、それは単に苦しめるものではなく、自分が嫌い、排除していた心の内容(隠されたパワー)であり、かつ、変容を促す「導き手」であったことに気づいていくのです。
 「魔物」が変容し、「精霊」に変わっていくのです。
 そのプロセスは、さまざまなシャーマニズムの物語や神話と符合しているものなのです。

◆神話・変容・現代的エクスタシー(脱魂)としてのシャーマニズム

「英雄の旅/ヒーローズ・ジャーニー」を提唱したことで有名な神話学者ジョゼフ・キャンベルは、こう述べています。

「神話の英雄、シャーマン、神秘主義者、精神分裂病患者の内面世界への旅は、原則的には同じもので、帰還、もしくは症状の緩和が起こると、そうした旅は、再生――つまり、自我が「二度目の誕生」を迎え、もはや昼間の時空の座標軸にとらわれた状態でなくなること――として経験されます。 
 そして、内なる旅は、いまや、拡張された自己の影にすぎないものとして、自覚されるようになり、その正しい機能は、元型の本能体系のエネルギーを時空の座標軸をもつ現実世界で、有益な役割を果たすために、使わせるというものになります」

キャンベル『生きるよすがしての神話』(飛田茂雄他訳 一部改訳、角川書店)


 この言葉は、現代における内なる旅と自己変容の普遍構造を示しています。
 非常にわかりづらい表現ですが、「深層的な自己(潜在意識)/元型」のパワーを活性化し、解放することが、「日常的な自我」を書き換えて、より普遍的な「深層自己(本来の自己)」を生きることになることを語っています。
 
エクスタシー(脱魂)とは、宗教学者ミルチャ・エリアーデが、シャーマニズムについての本の副題を「古代的エクスタシー(脱魂)の技法」と呼んだように、シャーマニズムにとって、もっとも特徴的な要素のひとつです。
 シャーマンは、魂を脱して(飛ばして)、異界を旅するところ(技法)に、その本質があるからです。
 そのあり様は、「日常的な自我」から脱魂して、深層意識や異界を旅して、貴重な力を見つけ出す行動とも言えるのです。

 私たちが抱える心の問題や、人生の行き詰まりに対して、シャーマニズム的な視点を導入することは、単なる空想的回避や部分的解決/改善ではなく、抜本的な「生まれ変わり」の体験としての変容をもたらす可能性があるのです。

◆終わりに──心理学的シャーマニズムへ

 この記事では、伝統的なシャーマニズムの構造が、いかに、現代の私たちの心の問題とつながっているかを紹介してきました。
 私たちは、シャーマニズムを、「土俗的な迷信」として片付けることなく、そこに意識の変容と再生のヒントを見出すことができるのです。
 そのような理由で、
当スペースでは「心理学的シャーマニズム」として、心の深層や変性意識、創造性の拡張に関わる視点を大切にしているのです。
 この記事は、紹介用の「簡易版」なので、より詳細を知りたい方は、下記をご覧ください。
シャーマニズムの普遍性―伝統的なシャーマニズムと心理変容のプロセス

 また、シャーマン的なエクスタシー(脱魂)の技法を、変性意識(ASC)心理学によって、現代的な変容技法とする方法論については、拙著『砂絵Ⅰ―現代的エクスタシィの技法』をご覧ください。ここでは、さまざまな変性意識や心理療法、各種技法とともに、私たちが真に深遠な変容を起こす方法論が探られています。
詳細紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』(改訂版)

【ブックガイド】

変性意識状態(ASC)や意識変容、超越的全体性を含めた、より総合的な方法論については、拙著
『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。
ゲシュタルト療法については基礎から実践までをまとめた拙著
『ゲシュタルト療法 自由と創造のための変容技法』
をご覧ください。

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