ゲシュタルト療法 早わかり

ゲシュタルト療法を知らない人に、「ゲシュタルト療法とは、どんなものなのか」「どのような体験が起こるのか」を説明するさまざまな機会があります。またそれを求められます。

しかし、ゲシュタルト療法は「セッションでの個人的な感覚体験」を核とするため、概念的な言語で内容を表現するのはなかなか難しいことになっているのです。
なぜなら、それらの感覚体験が、人が普通の人生の中では決して体験しないような体験だからです。


「その食べ物の味」を知らない人に「その味」を教えるようなものなのだからです。
もっと正確には、色を見たことがないことに色を教えるもののようだと言えるかもしれません。
日常生活で似たものがないからです。そのため、それを表現するのがますます難しくなっているのです。

そのため、多くのゲシュタルト療法家が「ゲシュタルトは、体験してみたいとわからない」と言って説明するのをあきらめてしまうのです。(また、元々のゲシュタルト療法の理論に足りない部分があるという面もあります。ゲシュタルト療法は理論と実践体験に元々解離があるのです)
 
たしかに、ゲシュタルト療法は、それを構成する教科書的な項目を積み上げて解説してみても、実際のセッションがもっている新鮮な感覚体験、喜びや感情の解放体験、覚醒体験、即興性や飛躍的な事態に較べて干からびた死物(概念)的な姿になってしまうという傾向があります。
 
「ゲシュタルト(かたち)」という言葉自体が、部分の積み上げは全体にならないという意味での「固有の形/全体性」を意味する言葉でもあるので、各要素ごとの解説では体験の持つ新鮮な全体性が断片化してしまうのです。そのトータルな本質(美点)が伝わらないということです。
 
そのため、ここでは、ゲシュタルト療法の持つ本質的な視点や感覚を、全体像としてさっと一筆描きのように描いてみたいと思います。 そのことでゲシュタルト療法の美点や感覚が伝わればと思います。
 
 
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ところで、ゲシュタルト療法の実践を構成する素材を、筆者なりに取り出してみると以下のような事柄になります。このおのおのは、ゲシュタルト療法という1個の塊を、或る角度から見た任意の見え方、風景という意味合いです。
実際は、これがひとつの流れるプロセスとして存在しているということです。
 
①心身一元論的・全体論的アプローチ
②気づきawarenessの力の重視
③未完了な欲求(感情)への注目
④自発的な表出プロセスへの信頼
⑤変性意識状態(ASC)への移行

⑥他者との交流や、自立的感覚の利用
⑦存在論的な姿勢(覚醒)

まず、ゲシュタルト療法では、人間をひとつの生体の一貫した全体性・欲求・プロセスとしてとらえていきます。
心身(心身一元論的)を一貫して流れる欲求の全体性として見るのです。

そして、クライアントの方の中で、その流れる欲求がどのような形で実現されているのか、または阻害されているか、欲求不満となっているかについて注目するのです。
また、同じような欲求不満が、心身や生活史の中においてさまざまな形で表出されている姿を見てとるのです。
クライアントの方が、それらをどのように表出させ、生きているのかを見てとるのです。

 
実際のセッションにおいては、その場でのその欲求(欲求不満)を感じてもらって、出てきたゲシュタルト、プロセスにそって展開していきます。
 セッションの一番の基本姿勢(技法)は、クライアントの方自身に、自分の今の欲求(快苦、違和感)に刻々「気づいて」いってもらうことです。今、自分の中に浮上している特徴的な感情や感覚に気づいてもらい、深めてもらうことです。
 
また、アプローチに際しては、ファシリテーターが、クライアントの方自身が気づいていない欲求に焦点化することもあります。そのように関わることで、クライアントの方の中で分離していた欲求への気づきが促され、新しい欲求が生まれ、統合へのダイナミクスが展開されていくからです。
 
また、ゲシュタルト療法ではクライアントの方の欲求行動の速やかな実現を阻害している要因が、過去に形成された欲求不満のパターンにあると見ます。
 人は、人生で障害に直面し、過度に強い欲求不満を抱え込んだ場合に、時としてその欲求不満をそのまま(未完了のまま)凍結させてしまうからです。
欲求行動(場面)の歪みを、生体の中にプログラムしてしまうからです。

やり残した仕事。未完了の体験、未完了のゲシュタルト
 
その結果、その後の人生で、似たような欲求場面に会うたびに、無意識のうちに妨害的なプログラムを発動させてしまうことになるのです。これが、苦痛や葛藤、能力の制限や生きづらさを生む要因となるのです。
 
そしてまた、ゲシュタルト療法の視点として重要なことは、欲求に関わる課題が喫緊のものとして生じている場合には、クライアントの方の心身のシグナルとして、「今ここ」において必ず前景に現れてくると考える点です。
ゲシュタルトとは何か
 
生体における喫緊の欲求課題は、図(ゲシュタルト)として、知覚の前景に現れてくるという考え方です。 
そして、これはクライアントの方の内的感覚においてもそうですし、外面的な身体表現においてもそうなのです。

 
そのため、(極端なことをいえば)クライアントの方の過去の話をこまごまと聴いたり、どこか遠くに問題の原因を探しに行く必要もないのです。
 今ここにおいて、クライアントの方が感じていることや、全身で行なっていることからはじめて、注意深く追跡(トラッキング)していけば、未完了の欲求不満(未完了のゲシュタルト)に必ず行き着くと考えるのです。
 
そして、アプローチに際しても重要なのは、クライアントの方が、自分の中に何かの原因 whatを捜し求めることではなく、クライアントの方が、自分が今ここでどのように how に感じ・行なっているかに気づいてもらうことなのです。

そこに気づきと解放の糸口があるのです。
重要なのは、クライアントの方本人が、今ここで自分が「いかに how 感じ、欲っしているか」に気づいてもらうことなのです。
クライアントの方自身が、それを感じ気づくと、それを自分で変えていくことができるからです。
ゲシュタルト療法が「今ここの心理療法」と言われる所以です。

ところで、ゲシュタルト療法においては、そのような妨害的なプログラムを解消し統合する手法として、具体的・物理的な感情表現・身体表現を活用していきます。
そして、それらプログラムの書き換えをより効果的に達成するために、有名なエンプティ・チェアの技法などの実演化を利用した手法を使っていくのです。
そのような実演化を通して、クライアントの方は、今まで意識できていなかった自己の欲求(自我たち)にはじめて遭遇することとなります。体験し、気づきを得え、解放することとなります。
 
実演化という表出行為、外在化の結果として、クライアントの方はより速やかにエネルギーを解放・流動化させ、気づきと統合を得ることができるのです。分裂や葛藤の統合をはかっていくことができるのです。
 
そしてまた、(グループの場合は)それらを、他者との直接的な交流や表現、相互作用などを通して、より効果的に作用させていくことになります。 
このことにより、クライアントの方の自律性と、主体化の感覚が深められ、ひいては能力感や自立感、存在論的感覚の深化という実存的な側面での統合もはかられていくのです。
 
以上が、ゲシュタルト療法の全体のあらましとなります。


【ブックガイド】
ゲシュタルト療法については、基礎から実践までをまとめた拙著
『ゲシュタルト療法 自由と創造のための変容技法』
をご覧下さい。

↓ゲシュタルト療法については、拙著『ゲシュタルト療法ガイドブック:自由と創造のための変容技法』をご参照ください。

↓動画「ゲシュタルト療法と、生きる力の増大」