アヤワスカを体験すると、「人生が変わる」「自分が変容する」 ―そんな噂話や願望から、さまざまな人々が、南米のシャーマニズムで使われているシャーマニックなプラントメディスン、アヤワスカを体験しに海外に、赴きます。
しかし、簡単に使われている『変容』という言葉の意味合いが、曖昧でボンヤリしているため、それが、どのような『変容』なのだろうかということが、多くの人びとには伝わっていません。
また、体験した本人にとっても、それが、よくわかっていない場合さえあります。
しかし、アヤワスカ体験では、本当に、存在の深いレベルで『変容』が起こってきます。
私自身、多くのアヤワスカ体験をしましたし、また、数々のセレモニーをお手伝いする中で、多くの人びとの「体験前後の変容の姿」も見ていますので、そのあたりの実情を踏まえて、ここでは、その「変容の構造」について少し書いてみたいと思います。
◆「支店社員」としての人生
私もお手伝いさせてもらっている、ペルーでのアヤワスカセレモニー。
そこでは、多くの日本人の方々が、深遠な異界体験をして、変容していくことになるわけですが、その〈変容の姿〉にはとても感銘深いものがあります。
ところで、通常、「変容」という言葉が使われる場合、「何かが変わった」ということで、その「前の状態」と「後の状態」が比較されているわけです。
ビフォー/アフターが想定されているわけです。
つまりは、その前後それぞれの「状態」が何かを明らかにすることで、この「変容」の実態も立体的になってくるわけです。
さて、ところで、通常、私たちが「自分/私」と呼んで、指しているものとは、いったい何でしょうか?
心理学的にいえば、これらは、「自意識」の領域、「自我ego」の領域ということになります。
そして、心理学的にいえば、この「私」「自意識」「自我」とは、実際のところ、私たちの心(魂)の全体のほんの一部分の領域にしかすぎないものなのです。
限定な場所、人間的な虚構の世界なのです。
しかし、私たち現代人は、ほとんどの場合、この「私」「自意識」「自我」を、本当の自分自身だと思い込み、信じ込んでいます。
それは、通俗的な現代社会の信念(ビリーフ)がそのようになっていて、両親も、学校の先生も、友達も、仕事で会う人びとも、皆そのように信じ込んでいるので、私たちは、子どもの頃から、それを自然なことと信じる(感じる)ようになっているからです。
しかし、心理学的にいえば、心の全体を「会社組織」に喩えるとすると、「私/自我」とは、いわば「支店」みたいなものなのです
心の全体は、もっと大きなもので、「私/自我」とは、色々な事情で、その地域に建てられた営業所のような存在なのです。
そして、本店や本部は、もっと「別のところ」にあるものなのです。
本店や本部は、「自己」「本来の自己」「核」「魂」などと、思想の流派によって、さまざまな呼び名で呼ばれているものです。
いずれにせよ、支店としての「私/自我」は、つねに、「本部」の指示によって動いているのです。
支店の営業社員が、「本部」の与えた営業目標を達成するために、汗かき、駈けずり回っているように、私たちも、日々、「本部」の指示(欲求/感情)に衝き動かされて、日々懸命に生きているのです。
しかし、私たちの自我が、会社組織と違うのは、私たちは「本部の姿」を、直接見ることはできないということです。
そして、多くの場合、「本部」の存在さえ気づいていないということなのです。
むしろ、ほとんどの場合、私たちは自分のことを、「本部」の人間と思い込んでいて、○○支店の「支店社員」であるということにさえ、気づいていないのです。
別にある「本部」の存在さえ気づかないで、背後にある「本部」の力によって操られ、衝き動かされ、翻弄されているのが、私たち現代人の姿なのです。
そして、自分が、「○○支店社員」であることにさえ気づかず、「○○支店社員」のまま生涯を終えるのが、ほとんどの現代人なのです。
◆アヤワスカ体験ももたらすもの ―裸の実在、剥き出しの宇宙
さて、喩えると、アヤワスカ体験がもたらすものとは、いわば、この「本部」の世界を垣間見ること、目の当たりにするということなのです。
人生で想像もしていなかった、自分の「本部」「真の実在」「真の宇宙」に触れるという体験なのです。
私たちの「自我」の世界とは、大部分、人間たちが頭で考えた世界です。
宇宙や自然のような「真の実在」「裸の実在」と較べると、「人間的な虚構」の世界です。
通常、私たちは、そのような、人間的な虚構の「繭/殻」の中に閉じこもって生きているのです。
そのため、「○○支店社員」として、宇宙の中を「虚構/非現実」的な存在として生きているのです。
さて、アヤワスカ体験の中では、そのような自我の世界、人間的な虚構の繭/殻が溶かされていくような体験をします。
剥き出しの宇宙や自然、「裸の実在」が、体験されていくことになるのです。
それは、人間的な虚構の世界を、ちっぽけで、無意味なものにするので、驚異的であると同時に怖ろしかったりもします。
そこでは、神秘的な体験や想像を超えたさまざまなめくるめく宇宙もひろがっていきます。
それらの深遠な諸相については、下記をご覧ください。
→アヤワスカ体験のトータリティ(超越的全体性)―至高の体験宇宙の原理/理由
いずれせよ、私たちは、それまで閉じこもっていた繭や殻が破られ、未知の広大なエネルギーを体験するということになるのです。
それは、私たちに、未聞のパワー、想像を絶する力を与えてくれることになるのです。
◆実際の「変容」の姿 ―自我の虚構から、深い自己の実在へ
さて、人びとは、そのようなアヤワスカの深遠な宇宙を体験してくるのですが、その結果として、人々の中に、外側から見ても顕著に見分けられる、或る特徴/力が現れてくるのです。
それは、その人が、支店の世界、自我の世界、人間的虚構の世界ではなく、
「本部」の世界、「自己」の世界、裸の実在や宇宙につながって生きている「しるし」として、現れてきているものなのです。
そのため、旅の前後を比較すると、多くの場合、
その人自身が―
「より実在している感じ」
「より存在している感じ」
「よりリアルな感じ」
「より現実的な感じ」
「よりくっきりはっきりした感じ」
「より地に足のついた感じ」
「より自由で楽な感じ」
「より剥き出しな感じ」
「より生の息吹に充ちた感じ」
になっているのです。
以前に較べ、その人の「存在感」が、ズッシリと、ドッシリと、現実的になっているのです。
それは、とても感銘深く、また、感動的な光景でもあります。
その人の旅した深さや旅路の遠さが、そこに垣間見えるからです。
そして、直後の人びとは、概して、「言葉少な」になります。
それは、その体験の広大なひろがりを、「人間的な虚構」に収めるのに抵抗が出るからです。
しかし、心の奥底には、その得も言われぬ、深遠な光景や感覚がひろがっているのです。
そして、旅の後に、多くの人びとが、
「これからの人生、何があっても大丈夫な気がします」
と語ります。
それは、自分が旅をして、
そして、今もつながっている、
「自己」の深い実在感への信頼として、
自然な自信として、
現れてきている言葉といえるのです。
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「Luz de ayahuasca」
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https://note.com/urbanshamanism
アヤワスカ講座
→1月26日(月)開催 アヤワスカとサイケデリック/宇宙を旅する講座
【ブックガイド】
変性意識状態(ASC)やサイケデリック体験、意識変容や超越的全体性を含めた、より総合的な方法論については、拙著
『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。
ゲシュタルト療法については基礎から実践までをまとめた解説、拙著
『ゲシュタルト療法 自由と創造のための変容技法』
をご覧ください。