詳細紹介『ゲシュタルト療法ガイドブック 自由と創造のための変容技法』

 本書は、「ゲシュタルト療法」について、基本的な理論・原理からその具体的実践までをあつかったものとなっています。ゲシュタルト療法の実践につながる核になる原理は網羅されていますので、実際にゲシュタルト療法を体験されていなくとも、その効力(作用)のイメージがつかめるものと思われます。また、カウンセリングの延長として、ゲシュタルト療法を習った場合に通常あまりきちんと説明されない、ゲシュタルト療法の内的原理(仕組み)が解説されていますので、その面でも参考にしていただける形になっております。ぜひ、一読していただき、ご自身の能力向上やゲシュタルト・スキルに、お役立ていただければと思います。
 また、本書の背後に、より本質的なものを直観された方は、より本格的な変容プロセスをあつかっている拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』をご覧いただければと思います。

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『ゲシュタルト療法ガイドブック 自由と創造のための変容技法』
(電子版 or 書籍版)
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【本文目次】

はじめに 人生の新しい地平と風景
第一部 ゲシュタルト療法 基礎編
 第一章 ゲシュタルト療法の向かうところ(ゴール)
 第二章 ゲシュタルト療法とは
 第三章 気づきの力と3つの領域
 第四章 ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル
 第五章 「やり残した仕事」
 第六章 複数の自我状態
 第七章 葛藤状態
 第八章 心身一元論的・全体論的アプローチ
(コラム)
 ◆ライヒとボディワーク系心理療法
第二部 ゲシュタルト療法 実践編
 第一章 セッションの原理・過程・効果
 第二章 エンプティ・チェア(空の椅子)の技法
 第三章 心身一元論的アプローチ
 第四章 夢をあつかうワーク
 第五章 心理的統合の姿
(補遺1)
 ◆セッションにおける通過儀礼の構造
(コラム)
 ◆アウトプットとゲシュタルト療法
 ◆存在力について
第三部 人生の地平を拡大するゲシュタルト
 第一章 ワーク(セッション)の実際
 第二章 エンプティ・チェアの技法 自習エクササイズ
 第三章 葛藤解決の方法
 第四章 自由と創造のためのゲシュタルト・アプローチ
 第五章 変容技法としてのゲシュタルト
おわりに
(補遺2)
 ◆変性意識状態(ASC)とは
参考文献

※第一部、第二部では、ゲシュタルト療法の基本的な理論と実践についてまとめています。こちらは拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』で、ゲシュタルト療法を扱った部分をベースにして、内容がわかりやすくなるように、加筆修正・リライトを行なったものとなっています。第三部は、「人生の地平を拡大するゲシュタルト」と題して、ゲシュタルト療法の具体的な実践場面や応用場面を扱っています。また、ゲシュタルト的アプローチを実人生の中で多様に使っていく、創造的な在り方についてもまとめたものとなっています。

~~~~~~本文より~~~~~~~~

はじめに 人生の新しい地平と風景

 本書は、ゲシュタルト療法の理論と実践技法についてまとめた入門的なガイドブックです。ゲシュタルト療法は、心理療法の一流派であり、日本でも、セラピーやカウンセリング、コーチングの現場で、そのテクニックが徐々に広まってきているものです。しかし、本当のゲシュタルト療法が持っている可能性や作用(効果)は、普通の人がカウンセリングやセラピーの効果としてイメージするような、簡易で部分的なリラクゼーションとは随分違っているものです。本書では、そのような点を含めて、ゲシュタルト療法について丁寧に解説を行なっています。

 ゲシュタルト療法は、私たちの心身のあり方を深く変容させ、内奥の感情をダイナミックに解放していくものです。
それは、私たちのエネルギーを増大させ、生きる意欲を高め、意識を拡大します。
 行動力や実際的能力を高めます。
 私たちの感情生活を豊かにし、幸福の感覚を強めます。
 つまりは、人生の見える風景を、色彩豊かなものに、まばゆく一変させるのものなのです。
 そして、それが恒久的な変化として残っていくのです。

 また、特に治療目的というわけでなくとも、健康な人が体験をする中で、心理的葛藤や心理的制限を取り除いていくものでもあります。ゲシュタルト療法が初期に広まる背景は、そのような使われ方でした。心の活力と積極性、開放と自信をつくり出すのに、とても有効な方法論だったのです。それは今でも同様で、その方面でこそ、より能力を発揮するものといっていいでしょう。
・自分の内なる能力や創造力を掘り起こし、解放したい
・自分の能力やパフォーマンスを高めたい
・優れたアウトプット(結果)を出していきたい
・自分にもっと自信を持ちたい
・人間関係の悩みを解決したい
・自分自身の限界を超えたい
・もっと楽に、楽しく生きていきたい
・広く社会に働きかけたい
・人生の果てにあるものを探求してみたい
 このようなことへの解決やヒントが、ゲシュタルト療法の中では、もたらされていくのです。

 また、日本では、「自分はそこまで病気というわけではない」「自分は患者というわけではない」ということで、カウンセリングやセラピーを受けることに抵抗を持つ方が多くいます。また、そのような社会風潮もあります。これは、情報の少なさや社会的な固定観念なので、残念なことではありますが、(ゲシュタルト療法を含む)体験的心理療法に関しては大変もったいないことであるのです。これらの体験的方法論は、潜在能力を解放する作用(原理)においては、人を選ばないし、そのような人にも大きな効果を発揮するものであるからです。むしろ、ゲシュタルト療法は、そのような健康な自覚を持つくらいの人に、爆発的な効果を発揮するものでもあるのです。

 ゲシュタルト療法は、技法的には、きわめて自由で創造的、遊戯的で即興的なものです。
 遊びと実験の中で、いろいろ試していく中で、自分の制限を超えて、体験する世界を拡大していくということが起こってくるのです。
 自分のインスピレーション(霊感)と好奇心にしたがって、感覚と感情の流れにしたがって、自分の世界がひろげられていきます。
 それは、従来の自分が、まったく想像していなかったような新しい世界です。
 人生にこのような世界が存在しているとは、思いもしなかったような、みずみずしい世界なのです。
 あたかも初めてカラーフィルムを見る人のように、世界をカラフルなまばゆいものとして、経験するようになるのです。
 そのような世界が、実際に存在しているのです。

 本書を読んで、興味を持たれた方は、ぜひ実際のゲシュタルト療法を体験されてみることをおすすめします。人生のまったく新しい可能性、想像もしていなかった可能性が、自分の人生にあることに気づき、驚かれると思います。

◆過去の体験と自我状態の編集

 さて、私たちの存在というものは、「過去の体験」から成り立っています。
ある意味、私たちは「過去の体験」の集積物です。
 過去の出来事の性質、その体験が良かったか悪かったか、楽しかったか苦痛だったか、好きになったか嫌いになったか、そのような体験の結果が感覚情報(感情価値)となり、現在の行動選択の指針となっています。そして、日々楽しそうなことを選び、苦痛そうなことを避けているわけです。
 また、私たちは、過去の体験の「偶然的な寄せ集め」ともいえます。
 「あの時」の、過去の体験の結果が少しだけ違っていたら、現在、全然違った行動をとっていただろうことが沢山あります。
 子どもの頃の、ほんのわずかなつまずきの体験が、その後の人生の流れ(選択肢の傾向)を変えてしまったということが沢山あります。
 そして、重要なことは、過去の体験というものは、それを体験した「自我状態ego state」として、今も、現在の私たちの中にそのまま残っているということなのです。
 私たちの中には、過去に体験をした、無数の当時の自分(自我状態)が、そのまま生きているのです。
 そのため、過去の自分(私)が、現在の自分(私)の行動に影響を与えることができるのです。それらは、過去に消えてしまったわけではなく、無時間的な者(実体)として、今もここに存在しているのです。
 ゲシュタルト療法では、そのような過去の自我状態ego stateを、意図的に編集することを行なっていきます。
 通常、私たちの自我状態とその感情は、過去に偶然、起こったままに放置されています。そのため、私たちは、その自我状態(過去の体験)に影響されるがままになっているわけです。
 ゲシュタルト療法では、その野ざらしの自我状態(過去の体験)に手入れをして、水と陽光を与えて、それを望む形に変化させていきます。感情を癒し、命の泉を甦らします。その体験からの悪しき影響を取り除いていきます。
 その結果、私たちは、過去の偶然的な出来事に影響されることなく(そこから離れて)、主体的・統合的・より自由に、生きていくことができるようになるのです。

 また一方、ゲシュタルト療法では、ネガティブな体験の改変(排除)だけでなく、快や喜びの感情を増幅したり、人生で経験されなかったために、生きられることもなかった自我(欲求)状態を創り出すことも行なっていきます。
 新たな体験領域を創り出すことによって、新しい自我(欲求)状態も生まれてくることになるのです。
 そのようにゲシュタルト療法では、人生の体験そのものを生成的に変えていく(蘇生させていく)ということも可能になっているわけです。
 その結果、私たちは過去の体験の、無力な産物であった従来の人生を超え、可能性の彼方にある人生を生きられるようにもなるのです。

◆ゲシュタルト療法が開くトランスパーソナル(超個的)な領域

 ところで、次世代(1970年代)のトランスパーソナル(超個的)心理学の理論家ケン・ウィルバーは、その「意識のスペクトル論」の中で、ゲシュタルト療法を、ケンタウロスの領域にある心理療法と位置づけました。その詳細は、本文に譲りますが、ここでは一点だけ重要な点について、さきに触れておきたいと思います。
 ウィルバーの図式では、ケンタウロスの領域とは、通常の自我主体の体験領域と、トランスパーソナル(超個的)的な体験領域との間に位置している、心身一元論的な体験領域という意味合いです。
 実際、ゲシュタルト療法を充分にこなしていくと、心身一元論的なアプローチによって、私たちの心身の深いエネルギーが解放されていくことになってくるわけです。意識や心身が豊かに流動化をはじめるのです。その結果、心身をまるごとのひとつの存在として、感じ取れるようになっていくのです。自らを、ケンタウロス(半人半馬)のように、精神と野生の結合として感じられるようになるのです。しかし、それに付随して、もう一段階加えた効果も出てくることになるのです。つまり、ケンタウロスの条件が満たされると、隣接していたトランスパーソナル(超個的)な体験領域も自然に開いていくということが起こってくることになるのです。このことは、ゲシュタルト療法の理論にはありませんが(そういう世界観がないので)、実践上は、よく見受けられる現象でもあるのです。それは、ウィルバーも指摘する通りです。
 このような点への注目は、ゲシュタルト療法を停滞・マンネリ化させずに、次なる形態へと進化させるためにも欠かせない視点でもあるのです。そして、ゲシュタルト療法の姿勢と、トランスパーソナル(超個的)な体験領域を統合することで、私たちの意識や創造力は、より豊かなものに変容していくことにもなるのです。本書では、このような点についてもフォローを行なっております。

 第一部、第二部では、ゲシュタルト療法の基本的な理論と実践についてまとめています。こちらは拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』で、ゲシュタルト療法を扱った部分をベースにして、内容がわかりやすくなるように、加筆修正・リライトを行なったものとなっています。

 第三部は、「人生の地平を拡大するゲシュタルト」と題して、ゲシュタルト療法の具体的な実践場面や応用場面を扱っています。また、ゲシュタルト的アプローチを実人生の中で多様に使っていく、創造的な在り方についてもまとめたものとなっています。


第三章 気づきの力と3つの領域

さて、ゲシュタルト療法では、気づきawarenessのもつ力を重視するものです。
最近では、日本でも、マインドフルネス瞑想のひろまりによって、気づきのもつ意味合いが、一般的にも少し理解されてきたようです。ゲシュタルト療法では、当初からそのことを強調していきました。
気づきと統合への意欲こそが、私たちの生を治癒し、生きる能力を高める重要な要素だと考えるからです。ゲシュタルト療法の実践は、そのことを教えてくれるのです。

「『気づく』ことは、クライエントに自分は感じることができるのだ、動くことができるのだ、考えることができるのだということを自覚させることになる。『気づく』ということは、知的で意識的なことではない。言葉や記憶による『~であった』という状態から、まさに今しつつある経験へのシフトである。『気づく』ことは意識に何かを投じてくれる」(パールズ、前掲書)

気づきとは、通常の認識ではありません。通常の認識とは、対象を限定して(対象化して)、知覚や言葉なりで解釈的に規定する状態です。
一方、認識している状態や体験それ自体に気づくのが、気づきという作用です。
通常の意識や注意力よりも、ひとつ高いメタ(上位)・レベルを含むのが、気づきの状態なのです。そして、その働きを通して、目覚めるような意識の拡張をもたらす、心身の全体的な体験過程でもあるのです。

「自分が何ものかを意識している」という、意識体験それ自体に気づくことができるのが、気づきの能力(特性)です。何に注意を向けているのか、どのように注意を彷徨わせているのか、その状態それ自身に、気づくことができるのです。
喩えていうと(実感的なニュアンスですが)、行為doingよりも、存在beingに近いあり様ともいえるかもしれません。
このメタ的・蝶番的要素が、さまざまな変容を起こす、気づきの越境的な力を生み出すものであるのです。それは、瞑想における呼吸が、意識と無意識の間に、蝶番的にあるのと少し似ているあり様ともいえます。

さて、この気づきの力の重視が、ゲシュタルト療法を、心理療法を超えて、禅や各種の瞑想技法に近づける要素であるのです。
ゲシュタルト療法においては、欲求や注意力に対して、刻々気づいていく力を高めることで、内的体験を深め、人格の統合過程を進めていきます。体験に対する刻々の気づきは、その作用によって、それだけでも分裂を統合していく力を持っているものなのです。

ところで、ゲシュタルト療法においては、ワークと呼ばれるセッションの中で、クライアントに、表現や実演化を試してもらい、さまざまな感情の発露を促進していきます。
しかし、クライアント自身における、この気づきの力が、発露にともなって育成されないかぎり、人格の最終的な統合としては、中途半端な達成にしかならないものなのです。
というのも、セッションが、変性意識状態における、感情のカタルシス的な発散に終わってしまい、意識的な統合を生まないことにもなるからです。
感情的な解放と気づきの一致(同期)こそが、人格的統合をもたらす要の働きとなるのです。特に、一回きりの単発のセッションではなく、長期に渡り、ゲシュタルト療法に取り組んでいく場合、その過程の中で、意図的に気づきの訓練を深める人と、そうでない人との間では、人格の統合(深化)に大きな差が出てくることにもなるのです。

(以下略)


第五章 「やり残した仕事」

ゲシュタルト療法には、「やり残した仕事Unfinished Business」という言葉があります。前章で見た「未完了の体験」「未完了のゲシュタルト」を、日常的な感覚で、くだけた表現にした言葉です。私たちは、人生で多くのやり残した仕事を持っているのです。

「セラピーで大切なことは、今までに何をしてきたかということではなく、何をしてこなかったかということである。何をしてきたかは完結してしまったことであり、充足と統合を通じて自己形成に取り入れられたものである。きちんと完了していない未完結状況というのは環境から自己への取り入れに失敗したものであり、現在まで残っている過去の遺産とも言えるものである」(パールズ、前掲書)

もし過去に、ある苦痛な体験があったとしても、もし私たちが、その体験を充分に受け入れ、消化していれば(処理・完了・完結していれば)、それは問題や心的外傷にはならないということなのです。
その体験が問題になる場合とは、私たちにとって、その体験で生じた事柄が消化・処理・統合できていない場合、強度な欲求不満の図(未完了のゲシュタルト)が、苦痛とともに残ってしまっている場合だということなのです。欲した満足(答え、解決)を充たせていない場合に、そのゲシュタルトと渇望とが、苦痛な形となって残ってしまうということなわけです。
そして、これはまた、主体(本人)の固有の感じ方にとっての現象でもあるのです。
実際のところ、他の人から見ると、困難で辛そうな生活史を持ちながらも、問題を持たない人々も多くいます。その人たちは、困難な体験を、咀嚼消化して、自分の体験(ゲシュタルト)として処理・完了・統合したのです。
一方、他人から見ると、問題(外傷的)になると思えない体験でも、当人にとっては、重大な未完了の体験になっている場合もあるのです。これらは、あくまでも、当人の渇望や欲求不満の強度に関係することなのです。そして、未完了のゲシュタルトが持つ問題性とは、それが在ることによって、私たちの現在の人生(心、行動)が、大きな影響(制限、苦痛)を受けてしまうということなのです。

「神経症の人は、過去の未完結なことが邪魔をするので、現在に十分に関わることができない人たちである。問題は『今―ここ』にあるのに、気持ちが他のところに行っているので、目の前の問題に集中できないのである」(パールズ、前掲書)

心の中の過去の体験に引っ張られて、目の前にあるものに、無心に関われないという状況です。
このような心の状況は、神経症的とまでいかない場合でも、私たちの多くが、何らかのテーマにおいては、感情的なこだわりや鬱屈、傷として持っているものです。そして、生きている中で、そのテーマに関係する領域に関しては、不自由さや制限、または苦痛を感じているのです。

ところで、ゲシュタルトが完了していないとは、さき見たの欲求充足のサイクルが、途中で中断されて、激しい欲求状態のままで固定化し、現在も進行形のまま生きているということなのです。通常、このような欲求不満状態は、苦痛・不快なため、私たちは無意識の下に、深く追いやってしまっているものです。意識の表面からは、忘却されているものなのです。

そのため、私たちにも、自分の「未完了のゲシュタルト」「未完了の体験」が何なのかは、よくわかっていないのです。そして、生活の中で、何か似たような出来事に遭遇した時に、自分の深いところから、非合理な激しい感情が湧き上がって来て、驚いてしまうというわけなのです。
しかし、その渇望と欲求不満の激しいエネルギーは、特有のゲシュタルト(図)とともに、今もここにあるというわけなのです。
その心の部分にとっては、世界(人生)は、当時の時代(状況)のままなのです。
何十年もの歳月を、無時間的に、その当時の感情のまま、ずっと在りつづけているのです。喩えると、幽霊が、自分が死んでいることに気づかずに、何百年もの歳月を、時間を超えてそこに居続けるようなものです。そのため、何かの拍子に、類似したゲシュタルト(体験、形)に出遭うと、無意識にある未完了の感情が噴き出し、私たちは、生々しい傷に触れられたかのように、苦痛を感じたり、激高したりしてしまうのです。

(以下略)



第二章 エンプティ・チェア(空の椅子)の技法

◆エンプティ・チェアの技法Ⅰ 実在の人物の場合

エンプティ・チェアの技法は、ゲシュタルト療法といえば、すぐに、エンプティ・チェアが想起されるほどに、ゲシュタルト療法の代表的なイメージとなっているものです。エンプティ・チェアの技法は、ワークのさまざまな場面において、幅広い効力を発揮するものです。
一番、多く使用される場面は、誰か実在の人物を、エンプティ・チェア(空の椅子)に置いてみて、クライアントに、(そこに本人が居ると仮定して)その人物に語りかけたり、言いたいことを伝えてもらうという形のものです。また、(その椅子に座り)相手本人になってみて、その気持ちを探ってみるという形のものです。
ワークの外的風景としては、クライアントが、色々なエンプティ・チェア(空の椅子)を順番に移りながら、誰か相手方になったり(演じたり)、本人自身になったりしながら、架空の対話を行なっていくという形となっています。では次に、この技法を、原理的なところから見ていきたいと思います。

一、原理

通常、心理学で、投影projectionといえば、精神分析でいう、本人が抑圧した心的欲求(内容)を、自分から切り離して、他者のものとする(対象に投げ込む)防衛機制をいうものです。そのことで、私たちは、その欲求を、自分のものであると認める苦痛から逃れることができるのです。その悪い欲求を持っているのは、(自分ではなく)他者だというわけです。しかし、そのような防衛機制を可能にしている知覚システムというものを考えてみると、元来、私たちは、心身を外部世界に投影(投入)して、これを把握するという生物学的な心身(知覚)システムを有していることが、類推されるのです。私たちのさまざまな身体知や暗黙知は、そのことを推測させるのです。
さて、エンプティ・チェアの技法は、これら投影の原理を利用したものです。
通常、私たちは、対人関係において、多かれ少なかれ、自己の心的欲求(自我)を、他者に投影しているものです。そのため、エンプティ・チェアの実践の中でも、クライアントが、空の椅子に、他者として見ているものは、実は、本人の内部にある「複数の欲求(自我)」の投影なのです。
ちなみに、前に触れましたが、技法的な原理について繰り返しておくと、各椅子により、複数の欲求(自我)を引き出される仕掛けは、催眠でいうところのアンカリングの作用です。それぞれの椅子とそれぞれの欲求(自我)状態とが、知覚情報で結びつくことによって、クライアントが、各椅子に座ると(またはそれを見ると)、各欲求(自我)状態が出現する(体験する)という事態が起こるようになるのです。

二、手順

エンプティ・チェアの技法は、セッションを進めるなかで、クライアントにとって、或る人物との関係性が重要なテーマであると判断された場合に、まずは提案される技法のひとつとなっています。
その人物に、クライアントが、何らかの感情的な価値(否定的にしろ肯定的にしろ)を、投影していると類推されるからです。
それは、そこに、クライアントの分裂した、切り離された欲求(自我)があるということだからです。それを見ていく必要があるのです。

(以下略)


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↓ゲシュタルト療法の詳細については、拙著『ゲシュタルト療法ガイドブック:自由と創造のための変容技法』をご覧ください。

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