「完全なる体験」の因子とマズロー

さて、以前より、フロー体験という高度に能力化された心の状態、拡張された意識状態(変性意識状態)について何回か取り上げています。
フロー体験について

また、私たちの心の、知られざる階層構造の可能性についても、たびたび取り上げて来ました。そして、変性意識状態(ASC)の中などで現れる、それらのシステムが、私たちを高度に統合してしまう事例などについても触れました。
映画『攻殻機動隊』ゴースト Ghostの変性意識
「聖霊」の階層その3 意識の振動レベル ジョン・C・リリーの冒険から

さて、今回は、そのような潜在的な心が照らし出す「存在の肯定的な状態(エクスタシィ)」について、マズローなどを素材に少し考えてみたいと思います。

というのも、古典的な心理療法が、しばしば陥りがちな誤りなのですが、症状や苦痛などの否定的状態を自明化(実体化)しすぎることで、(クライアントの方が焦点化しすぎることで)かえって、心理療法的なゲームにはまり込んで、良くならない(悪循環のループから出られなくなってしまう)というのはよくあることだからです。

苦しみを反復的に確認していく、心理療法ごっこが目的化してしまうのです。

一方、微かなものであっても核となる肯定的な状態にきちんとフォーカスしていくと、その心の状態がだんだんと育っていって、症状として現れていた苦痛を消滅させていくということもよくあることだからです。

その意味で、私たちのうちにある、力強い、存在の肯定的状態(エクスタシィ)について知っておくことは、あらゆる面で役立つことでもあるからです。この関係の詳細については、拙著『砂絵Ⅰ』をご覧下さい。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

さて、アブラハム・マズローといえば、現在では「欲求の五段階説」「自己実現」「至高体験 peak-experience 」などの用語で、ビジネス的な場面でひろく知られる存在となっています。

ところで、欲求の五段階説というのは、
・生理的欲求
・安全欲求
・社会的欲求
・承認欲求
・自己実現欲求
というように、下位のレベルから、人間の欲求がだんだんと満たされていって、自己実現が達成されるような、ピラミッド型のイメージになっています。

ところで、このようなイメージを見た際、クライアントの方の中には、下位の欲求が満たされていないと、上位の階層に進めないような昇段試験のようなハードルを感じられる人たちがいます。

特に、否定的なものに焦点化しがちな人たちは、下位の(過去の)不足物が、自分たちを永遠に上位に進ませないかのようにとらえたりもします。

しかしながら、さまざまな人のさまざまな心理的変容を見て来た経験からすると、これらの欲求や成長は、(大枠ではそうかもしれませんが)必ずしも、そんなに限定的・制限的ではなく、積み木のような積み上げ方式にはなっていないようなのです。

たとえば、マズロー自身、このようなイメージの誤りや、学習や人格変容について次のように語っています。

「人格転換は、習慣や連合を一つづつ獲得することによるより、全人格の全体的変化によって生ずるという方がふさわしい。すなわち、外にあるものを新しく所有する場合のように、なにがしかの習慣をつけ加えた同じ人というのではなく、新しいひとになるのである。このような性格転換学習は、非常にこみ入ってはいるが、高度に統合せられた、全体的有機体の転換を意味する。」

「わたくしの被験者の報告によると、最も重要な学習経験は、悲劇的な事件、死、心的外傷、転向、急激な洞察のような単一の生活経験であることが、最も多数を占めた。これらの経験は、その当人の生活展望に対し、無理やりに転換を迫り、結果的にはかれのあらゆる行動に変化をもたらすのである。」

「成長が抑制や拘束をはがし、人をして『自己自身たらしめ』、行動をくり返すというよりむしろそれを放たしめ―いわば『放射能のように』―その精神的本性がそのまま表現されるのを認めるならば、それだけ自己実現者の行動は、獲得されたものというより、むしろ、学習されないで創造され、解き放たれたものとなり、対応的のものではなく、表現的のものとなるのである。」『完全なる人間』上田吉一訳、誠信書房)


ここでは、
人間の自己実現的衝動や心理的変容(成長)が、学習的につけ加えられるのではなく、むしろ内的な表現のように内から発現して来る様子が描写されています。

また、事例的には、強度な単一の人生経験が、人格を変える「学習経験」「転換」になることが多いことも指摘されています。

そして、また、ここで挙げられている「急激な洞察」体験などが、彼がいう「至高体験」などと、通ずるものであろうということは充分類推されることでもあるのです。

さて、そのように見てみると、自己実現的なものの発現や高度な人格変容とは、必ずしもピラミッドを登りきったところだけに限定されるものではなく、人生のさまざまな体験領域の中にも存在しうることが推察されるのです。

事実、そのような経験談は、事例的も非常によく聞くところでもあるのです。

そのため、現状、どのような状態にあっても、思わぬ形で変容がやって来るかもしれない可能性や、それにつながる肯定的状態に対して、開かれた姿勢を持つことが重要でもあるのです。

たとえば、フロー体験や至高体験は、主観的には、あたかも「完全なる体験」といった様相を持ちます。

また、そこまで行かなくとも、肯定的な状態の要素は、普通の体験の奥にある「完全なる体験」の因子として、日々さまざまに、感じ取られるものでもあります。

それらは当然、実在的というより、感覚的なものですが、しかし、その類いの感覚の中には、気のせいでは終わらない、変容を導く創造的な因子、高い階層の潜在領域(能力)存在しているのです。

そして、それら存在の肯定的状態の要素は、実際、訓練次第でさまざまな場面で、呼び起こしていくことが可能なものでもあるのです。

その肯定的感覚の因子を、心のどこかで保持し、未知の可能性に開かれた取り組みを、日々、続けていくことが、それらをだんだんと確固としたものに変え、結果として、飛躍的な事態(転換)をもたらすことにつながっていくのです。

【ブックガイド】
至高体験を得やすくするゲシュタルト療法については基礎から実践までをまとめたコチラ↓
『ゲシュタルト療法 自由と創造のための変容技法』
気づきや統合、変性意識状態(ASC)へのより総合的な方法論は拙著↓
入門ガイド
『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』
および、より深い事項は
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。

↓動画「ゲシュタルト療法と生きる力の増大」

↓気づきと変性意識の入門ガイドはコチラ。動画解説「気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス」