「完全なる存在体験」の因子とA.マズロー

別のページでは、フロー体験という高度に能力化された心身状態、拡張され充実した意識状態(変性意識状態)について取り上げました。
フロー体験とは何か フロー状態 ゾーン ZONEとは

また別のページでは、私たちの心の(知られざる)階層システムの可能性についても取り上げました。
そして、変性意識状態(ASC)の中で現れるそれらの高次システムが、私たちを高度に癒し、統合してしまう事例などについて考えてみました。
私たちの心には、より高次で、ホリスティック(全体的)な機能があり、変性意識状態(ASC)においてはしばしばそれらが発現しやすくなるということです。

映画『攻殻機動隊』ゴースト Ghost の変性意識
「聖霊」の階層、あるいはメタ・プログラマー ジョン・C・リリーの冒険から

「聖霊」の階層その3 意識の振動レベル ジョン・C・リリーの冒険から


さて今回は、そのような私たちの潜在能力が持つ「存在の肯定的な状態(エクスタシィ)」について、A.マズローの仮説などを素材に考えてみたいと思います。
私たちの中にある「完全なる存在」の要素を大切にしていくことの意味合いについてです。

というのも、「人間」というものについて、現代のメイン・ストリームの心理療法が陥りがちな誤り(落とし穴)なのですが、症状や苦痛などの否定的状態ばかりを自明化(実体化)しすぎることで、かえって「心理療法的ゲーム」にはまり込んで、症状がとれない、良くならないというのはよくあることだからです。
クライアントの方が、症状に焦点化し、実体化しすぎることで、悪循環のループから出られなくなってしまうという事態です。
苦しみや障害を反復的に確認していく「心理療法ごっこ」が目的化してしまうのです。
心理療法ごっこが、人間を健康にしないという転倒した事態です。
その結果が、現代日本のように年間十万人規模で、精神疾患の方が増え続けるという事態になっているのです。

一方、微かなものであっても核となる肯定的な状態にきちんと同定しフォーカスしていくと、その心の状態がだんだんと育っていって、症状として現れていた苦痛を消滅させていくということもよくあることだからです。

その意味で、私たちのうちにある力強い「存在の肯定的状態(エクスタシィ)」について深く知っておくことは、あらゆる面で役立つことであるのです。この詳細については拙著『砂絵Ⅰ』をご覧下さい。
内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』


ところで、エイブラハム・マズローといえば、現在では「欲求の五段階説」「自己実現」「至高体験 peak-experience 」などの用語で、心理学だけでなくビジネスの世界でも
ひろく知られる存在となっています。
マズローが、そもそも「自己実現」などの人間の持つ肯定的・創造的な側面にフォーカスしたのは、前段に記したような消極的(ネガティブ)な人間像に反対したからでした。
それまでの心理学がそうであったように、病気の症状をいくら積み上げて行っても、創造的で肯定的な「あるべき人間像」がまったく出てこないからです。
そして、それは治療的な実践から見ても有効ではないと考えたからでした(病的な人間像の前提が、人間を健康にしないのです)。
そのため、マズローは、人間の創造的な潜在能力が十全に開花した人間像を描くのに、彼の生涯を費やしたのでした。

ところで、欲求の五段階説というのは、
・生理的欲求
・安全欲求
・社会的欲求
・承認欲求
・自己実現欲求
というように、下位のレベルから、人間の欲求がだんだんと満たされていって、自己実現が達成されるようなピラミッド型のイメージになっています。

ところで、このようなイメージを見た際、人(クライアントの方)の中には「下位の欲求が満たされていないと上位の階層に進めない」ような昇段試験のようなハードルを感じられる人たちがいます。
特に、否定的なものに焦点化しがちな方たちは、下位の(過去の)不足物が、自分たちを永遠に上位に進ませないかのようにとらえたりもします。

しかしながら、さまざま人々の心理的変容を見てきた経験からすると、これらの欲求や成長は、(大枠ではそうかもしれませんが)必ずしもそんなに限定的・制限的ではなく、積み木のような積み上げ方式にはなっていないのです。
マズロー自身、このようなイメージの誤りや、人格変容について次のように語っています。

 

「人格転換は、習慣や連合を一つずつ獲得することによるより、全人格の全体的変化によって生ずるという方がふさわしい。すなわち、外にあるものを新しく所有する場合のように、なにがしかの習慣をつけ加えた同じ人というのではなく、新しい人になるのである。
 このような性格転換学習は、非常にこみ入ってはいるが、高度に統合された、全体的有機体の転換を意味する」

「わたくしの被験者の報告によると、最も重要な学習経験は、悲劇的な事件、死、心的外傷、転向、突然の洞察のような、単一の生活経験であることが、最も多数を占めた。これらの経験は、その当人の生活展望に対し、無理やりに転換を迫り、結果的にはかれのあらゆる行動に変化をもたらすのである」

「成長が抑制や拘束をはがし、人をして『自己自身たらしめ』、行動をくり返すというよりむしろそれを放たしめ―いわば『光の輝きのように』―その精神的本性がそのまま表現されるのを認めるならば、それだけ自己実現者の行動は、獲得されたものというより、むしろ、学習されないで創造され、解き放たれたものとなり、対応的〔訳注:対応的行動は目的を持ち、動機づけられ、学習による意識的努力をともなう行動、外部の問題の解決にあたるものである〕なものではなく、表現的〔訳注:対応的と反対に、無意識的で、自然に発せられ、その人格構造を反映した行動のこと〕なものとなるのである。」『完全なる人間』上田吉一訳、誠信書房)


ここでは、「全人格の全体的変化」「全体的有機体の転換」「学習されないで創造され、解き放たれたもの」という言葉で、
人間の変容というものが、学習的につけ加えられるというよりも、むしろ内的な変換のように内から一挙に現われてくる様子が描かれています。
また、事例的には、強度な単一の人生経験が、人格を一挙に変える「転換」になることが多いことも指摘されています。
ここで挙げられている「急激な洞察」体験などが、彼がいう「至高体験 peak-experience 」などと通ずるものであることは充分類推されることです。

そのように見てみると、「自己実現」の発現や人格変容とは、必ずしもピラミッドを登りきった達成だけに限定されるものではなく、普通の生活の場面で、内的な変容として存在しうることが推察されるのです。
事実、そのような変容経験は、上記の引用にもあるように事例的にも聞くことであるのです。

そのため、過去にさまざまな不足を感じていたり、
現状にどのような不足を感じていても、あまり気にしなくともよいのです。
人間の中には、事態を一挙に変容させてしまう因子(要素)が存在しているからです。
思わぬ形で突然の変容がやって来るかもしれない可能性や、それにつながる肯定的状態に対して、開かれた気持ちと態度を持つことが重要であるのです。

たとえば、至高体験 peak-experience は、主観的にはあたかも「完全なる存在体験」といった様相を持っています。
しかし、そこまで行かなくとも、近似した瞬間的に肯定的な状態は、日常の奥にある「完全なる存在体験」の因子として感じとられます。イメージや霊感として感じとられます。
説明がつかない、内なる完全性の感覚です。
それらは当然、単なる感覚的なものです。
しかし、その感覚の中には、気のせいではない変容を導く創造的な因子、高い階層の潜在意識(能力)」存在してたりするものなのです。

そして、それら存在の肯定的状態の要素は、実際、訓練次第でさまざまな場面で呼び起こしていくことが可能なものでもあるのです。
学習可能なものでもあるのです。

その肯定的感覚の因子を、心のどこかで保持し、未知の可能性に開かれた取り組みを日々続けていくことが、私たちの変性意識状態(ASC)への扱いを高め、それらをだんだんと確固としたものに変え、結果として飛躍的な事態(転換)をもたらすことにつながっていくのです。

 

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入門ガイド
『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』
および、より深い事項は
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。

↓動画解説 変性意識状態(ASC)とは何か その可能性と効果の実際

↓動画「ゲシュタルト療法と生きる力の増大」

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