ゲシュタルト療法とは はじめに

ゲシュタルト療法 gestalt therapy は、元精神分析家のフリッツ・パールズ Fritz Perls らによって創始された心理療法の一流派です。主に1960年代後半、パールズが晩年をすごした米国西海岸のエサレン研究所を中心に世間一般には広まりました。
1960年代の当時、(晩年のカール・ロジャーズが熱中した)グループ・セラピーであるエンカウンター・グループ encounter group などとともに「自己成長・自己発見のための新しい心理療法」として、ゲシュタルト療法は注目を集めたのでした。
ゲシュタルト療法そのものは、すでに1950年代に米国東海岸で旗揚げされていましたが、単なる風変わりな心理療法として、理解も注目もされていませんでした。それが時代とシンクロ(共振)する形で、1960年代に突然、エサレン研究所で注目をあびたのでした。

ところで、エサレン研究所は、ワークショップ・センターのようなものであり、医療機関でもアカデミックな機関でもありません。当時は、「心を解放する」ために、先端的な人々が新しい方法論を求めていた時代でした。そのため、治療のために心理療法を受けるというのではなく、自分の心の解放・能力開発・自己成長、または潜在能力の可能性を探るために、多くの人々が新しいタイプの心理療法(体験的心理療法)を試してみたのでした。そのような状況の中で、エサレン研究所のような場所が生れてきたという背景がありました。
また、日本では今も一般的ではありませんが、心理療法(心理学)のテクニックを、能力開発や心のさらなる解放に使うというのは、現在でもアメリカや先進国などではごく一般的な現象(使用法)であり、そ
のような環境の中でさまざまな心理療法が流行してきたのでした。「自己成長のためのセラピー」というワードがありますが、必ずしも治療のために、心理療法を受けるというわけでもないのです。ゲシュタルト療法の影響を受けたNLP(神経言語プログラミング)なども、そのような状況(要請)の中で誕生したものでした。
一方、日本では、幸福度の低さを見ても、心の自由や健康、自己実現のための心理療法の利用という面が、とても遅れている現状があり、とても残念な結果となっています。これは大変もったいない状況といえます。適切な心理療法技法の援用で、人生は的確に、飛躍的に変容させることが可能だからです。

「私は、以前より、開かれ自発的になりました。 自分自身をいっそう自由に表明します。 私は、より同情的、共感的で、忍耐強くなったようです。 自信が強くなりました。 私独自の方向で、宗教的になったと言えます。 私は、家族・友人・同僚と、より誠実な関係になり、 好き嫌いや真実の気持ちを、 よりあからさまに表明します。 自分の無知を認めやすくなりました。 私は以前よりずっと快活です。 また、他人を援助したいと強く思います」(ロジャーズ『エンカウンター・グループ』畠瀬稔他訳、創元社)

これは、エンカウンター・グループというグループ・セラピー体験者の言葉ですが、このような心のしなやかさや感度の獲得は、体験的心理療法やゲシュタルト療法のセッションを深めて、心理的な統合を達成した場合の共通した要素といえます。確実に到達できる地点といえるのです。一方、世間で喧伝されている方法論のほとんどが、人をこのような地点に導かないのは、それら安易で表面的な方法論が、人を真の変容には導かないということを意味しているのです。

◆ゲシュタルト療法の特徴―構成要素

ゲシュタルト療法は、元精神分析家のフリッツ・パールズらによって創られました。そのため、パールズが影響受けた方法論的要素を理解することで、ゲシュタルト療法の特徴を理解することができます。

フロイトの精神分析 (深層心理学) →「無意識」「潜在意識」の存在の重視
  ライヒの精神分析 (筋肉の鎧) →心身一元論的(ボディワーク的)なアプローチへの理解
ゲシュタルト心理学 (知覚の統合機能/全体論的な見方) →「体験の統合的指向性」「全体性(ホリスティック)」の重視
③その他の「姿勢」など
 ハイデガーの実存主義 (実存〔世界内存在〕的な人間のあり様) →責任 responsibility の重視=反応する能力 response-ability の重視

  (存在と世界をありのままに体験する) →気づき awareness の機能の重視

「精神分析」への批判と乗り越えへの意志が、フリッツ・パールズがゲシュタルト療法を創った大きな原動力のひとつです。精神分析家として実践活動していたパールズが。その疑念から精神分析を離れたからです。しかし、その前提としては、まず精神分析からの大きな影響があります。ところで、精神分析の重要な知見は、人間が「無意識(潜在意識)の衝動」に突き動かされている存在であるというです。当然、ゲシュタルト療法もその視点を前提として持っています。
次に、パールズ自身の教育分析家であったヴィルヘルム・ライヒの精神分析の影響があります。それは、「心身一元論的」なものの見方です。ライヒは、時代に先駆けて、クライアントの「肉体」に心の症状が現れていることを見抜き、実際の心理療法の方法論(アプローチ)とした人でした。彼の洞察と実践から、後の時代のさまざまなボディワーク・セラピー(心身一元論的アプローチ)が生まれることになりました。この心身一元論的な視点と実践が、ゲシュタルト療法にも大きく影響しています。心とからだは一つであり、同じテーマが心にもからだにも同様に現れるという視点です。ここから、クライアントの方の身体感覚や身体動作に注目するという、ゲシュタルト療法の興味深い介入技法がさまざまに生まれました。

次の「ゲシュタルト心理学」は、その名称にもとられた「ゲシュタルト」の概念の元になった認知心理学です。ゲシュタルト心理学が唱える、人間の認知構造の特性(統合的・全体論的視点)は、ゲシュタルト療法の中核的な要素となっています。

「実存主義」や「禅」も、ゲシュタルト療法の「姿勢」に強い影響を持ちました。
パールズ自身は、芸術家志望の側面があり(晩年の自伝によく現れていますが)、若い頃に交流したボヘミアンたちの風情や思想にもとても強い影響を受けています。晩年の風貌にもその面が強く現れています。この側面が、日本では消毒されて、イメージがつきにくくなっていますが、ゲシュタルト療法が多くの生真面目で退屈な(凡庸な)心理療法との違いを生み出す大きな要素ともなっているのです。
「凡庸な」セラピストは、クライアントを「凡庸なもの」へ抑圧します。この点は、(特に精神医療全体が病んでいる日本では)もっと注意される必要がある点です。(もはや末期症状ではありますが…)

最近、ちまたで有名になってきた「ゲシュタルトの祈り」などは、ゲシュタルト流の実存主義の表明といえるものです。
この言葉も、日本では過度にベタに(生真面目に)受けとられていますが、当然、これはパールズ一流の「皮肉」「ユーモア」でもあるということです。この言葉には、芸術家マルセル・デュシャン(※)のような、逆説的で動的な飛躍が含まれているということです。

また、パールズは、世界旅行の中で京都に寄って参禅体験もしています。自伝で回顧していますが、その体験は、彼がセラピーの探求上えられた結論の確証としての体験であったようです。禅そのものへの評価は若干批判的なもの(疑念をもったもの)でもあります。しかし、たしかに、ゲシュタルト療法と禅とは、本質的なレベルで共通するものを持て入るのです。それは、パールズは、野生的な勘の良さといえるものです。
そのような感覚(姿勢)は、直弟子のクラウディオ・ナランホ claudio naranjo が書いた「(ゲシュタルト療法の)基本姿勢」などにもその影響を強くあらわしています。

このようなさまざまな構成要素が溶け合わさり、ゲシュタルト療法は、他にないユニークで実践的な心理療法、もしくは能力開発の技法となったのでした。
の結果として、すばやく効果を出す、劇的で覚醒的な方法論となったのでした。

(※)「われわれの友マルセル・デュシャンは、たしかに20世紀前半の最高の賢人であり、(多くの人にとって)このうえない困りものである」 ―アンドレ・ブルトン(江原順訳)
「すべての“同一物”は、どれほど同一であっても(そして同一であればあるほど)、この極薄 inframince の分離的差異に近づく」「70+40=110 大声でまた小声で(とりわけ心の中で唱えると) 70+40は、110以上になる――(極薄 inframince によって)」 ―マルセル・デュシャン『極薄』/岩佐鉄男訳

◆気づき awareness の力 マインドフルネスの効力

ところで、ゲシュタルト療法では、感じることや表現することと同時に、「気づき awarenessの能力」というものをとても重視します。そこに、心理的な変化を生み出す飛躍的な力を見ているからです。

「気づき」とは、普通の日常的な言葉であるため、この言葉が意味している本当の意味(機能/構造)が分かりづらくなっていますが、日本でも最近「マインドフルネス」という言葉のひろまりとともに、この気づき awareness の能力の本当の意味や重要性が少しずつ知られるようになってきました。

パールズは語っています。

「『気づく』ことは、クライエントに自分は感じることができるのだ、動くことができるのだ、考えることができるのだということを自覚させることになる。『気づく』ということは、知的で意識的なことではない。言葉や記憶による『~であった』という状態から、まさに今しつつある経験へのシフトである。『気づく』ことは意識に何かを投じてくれる」「『気づき』は常に、現在に起こるものであり、行動への可能性をひらくものである。決まりきったことや習慣は学習された機能であり、それを変えるには常に新しい気づきが与えられることが必要である。何かを変えるには別の方法や考え、ふるまいの可能性がなければ変えようということすら考えられない。『気づき』がなければ新しい選択の可能性すら思い付かない」(パールズ『ゲシュタルト療法』倉戸ヨシヤ訳、ナカニシヤ出版)

「今ここの気づき」のなかに、変化の因子が潜んでいるのです。もし、心の何かが変化するとしたら、 それは 「今ここの気づき」 を通して起こってくるのです。セッションの中では、このような「今ここでの気づき」を利用して、さまざまな取り組みを行なっていきます。
ところで、この真の「気づき」は、「メタ認知」ではありません。「メタ認知」は単に思考の延長上の注意力です。そのようなメタ認知よりも高次にある機能が、「気づき」の機能です。それは思考や思念ではなく、それらの外側から体験を一挙にとらえる無言語的で直観的な機能です。そのため、訓練していない人が、いうほど簡単には「気づく」ことはできないというわけなのです。ただ、トレーニングや実践で、これは習熟できるものなのです。この点が、マインドフルネスであるという意味なのです。

セッションの中では、クライアントの方は、その瞬間の〈気づき〉で得たことをもとに(そこから降りてきて)、実際に新しい自己表現を試してみたりします。そして、そのことで「自分が新しい行動をとれること」「自分が新しい感情を味わい、表現できること」をまざまざと実感していくことになるのです。

子どもの頃のように、自分が制限されていない、可能性に満ちた存在であることを実感していくことになるのです。そして、そのようなセッションを重ねることで、クライアントの方の中に、確実な変化や力が蓄積されていくことになるです。

◆ゲシュタルト療法の可能性 心理療法を超えて

さて、ゲシュタルト療法が広まった当時は、カウンター・カルチャー(対抗文化)的な思潮の盛んな時代でありました。のちにアップルをつくる若きスティーブ・ジョブズが、サンフランシスコ禅センターなどに熱心に通ったような時代です。

そのような時代の雰囲気の中で、ゲシュタルト療法のもっている禅的で風変わりで直截的なスタイルが、そのめざましい治癒効果とあいまって注目を浴びたのでした。
しかし、時代の流行も去って、ゲシュタルト療法もさまざまな効果検証を経ながら、時代とともにそのスタイルやアプローチ方法をより洗練させてきました。時代によっても、個人の療法家によっても、ゲシュタルト療法のスタイルやアプローチは多様です。人によってのスタイルの違いにより「とても同じゲシュタルト療法とは思えない」と言われることもあります。

ただ、ゲシュタルト療法自体の持っているエッセンスは、今も変わらずに、その可能性と有効性を秘めているといえるのです。パールズ自身は、かつて自分のことを「ゲシュタルト療法の創始者ではなく、再発見者にすぎない」と言いました。
そのココロは、ゲシュタルト療法の「原理」自体は、近代的な心理学などよりもずっと普遍的なものであり、人類の歴史文化の中で、いたるところに存在していた(している)普遍的な気づきと表現の技法であるという意味合いなのです。

たとえば、ユング心理学の流れを汲むプロセスワーク(プロセス指向心理学)の創始者アーノルド・ミンデルは指摘します。

「現代のゲシュタルト療法の創始者であるフリッツ・パールズは、先住文化のシャーマンがいれば間違いなく仲間として歓迎されたであろう。パールズは、自己への気づきを促すために、夢人物(ドリーム・フィギュア)や身体経験との同一化ならびに脱同一化法を用いた。そして、モレノの「サイコドラマ」から、夢見手が自分や他者を登場人物にすることによって夢の内容を実演化する方法を借用している」
(ミンデル『ドリームボディ』藤見幸雄監訳、誠信書房)

◆日本におけるゲシュタルト療法

日本におけるゲシュタルト療法は、散発的に輸入された1970年代以降において、「日本人の肌には合わない」ということで、まったく広まりませんでした。深いレベルでのゲシュタルト療法は、見よう見まねで、表面のテクニックをなぞるような形では実践できないという側面もあります。
※似たケースとしては、同じく、その当時、(よくわからないままに)企業研修で輸入された「感受性訓練」などと近い事態だったのかもしれません。「感受性訓練」は、エンカウンター的なグループプロセスを使った研修技法ですが、さまざまな問題を起こし、企業研修史の黒歴史となったと言っていいでしょう。このようなセラピー技法の安易な導入が、その後、日本企業が、「組織開発」的なものに対して、アレルギー反応を持つ要因にもなってしまったわけです。

その後、ゲシュタルト療法は、2000年代以降、カウンセリングの一技法という形態にアレンジ(縮小)して、姿を変えたことで、徐々にひろがりを見せはじめました。効果を出すセラピー技法のひとつとして、認知されていったわけです。しかし一方、そのため、本来のゲシュタルト療法が持っている、人間の全体性の変容や、可能性を開く能力開発的な側面、ダイナミスムや創造性開発の側面が、稀薄になってしまったという点があります。飛躍性や覚醒性、遊戯性に欠けてしまったという状況です。

また、パールズの生前から既にそうでしたが、ゲシュタルト療法は、ファシリテーターの個性に従って、まったく違うスタイルを持っているという点があります。
「普通のゲシュタルト療法」「標準的なゲシュタルト療法」というものがないのです。
ゲシュタルト療法は、現在、世間で溢れているような(NLPのような)「できあいのフォーマット」をそのまま実行するというセラピーではないからです。
ゲシュタルト療法は、ジャズの即興演奏のように、そのセッションごとに、クライアントの方とファシリテーターとの出会いの中で、ジャム・セッションされるような創造的なタイプのものだからです。
ゲシュタルト療法に興味をお持ちの方は、ぜひ、さまざまなファシリテーターのセッションを体験してみて、ご自分に合ったファシリテーターやそのタイプを見つけてみていただければと思います。


当スペースでは、そのような特徴と普遍性をもつゲシュタルト療法を使って、自己実現や能力開発、意欲・自信の回復や自己肯定感の向上、人間関係の改善や心の癒しなどさまざまな心理的サポートを行なっています。また、トランスパーソナル的な意識拡張のお手伝いをしております。

特に、ゲシュタルト療法は上記の引用のように、それが元来含み持っている普遍的な特性(シャーマニズム的な特性)によって、心理療法にとどまるものではない人間意識の拡張や創造力の開発に他にない劇的で目覚ましい効果を生み出すものでもあります。そのため、その領域でご提供できるものも多岐に渡っているのです。

↓【ゲシュタルト療法の各項目解説】

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『ゲシュタルト療法 自由と創造のための変容技法』
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