弟子に準備ができた時、 師が現れる

「弟子に準備ができた時、師が現れる」という言葉があります。

この不思議な共時性は、実際に働いている実感があります。
ただ、もう少し普通のレベルで、対人関係を、心理学的な投影関係の中できちんととらえると、このことは案外、普通の事柄とも言えます。
そして、そのことの方が、心の成長には役に立ちます。

人は、自己の心理的な成長とともに、自分の中に芽生えて来た、創造的な因子を(鏡に映すように)外部の他者に投影するようになり、他人の優れた美質を見出しやすくなるとも言えるからです。

自分のレベルにあったものしか、他人や外界に見出せないのです。

つまり、内実の成長とともに、他者の中に、「師」(未来の可能性の自分)を見出しやすくなるというわけです。 

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ところで、私たちの中には、「複数の自我」がありますので、成長していくと、それぞれの自我に対照するような形で、外部の他者に萌芽しつつあるその新しい自我要素を投影し見出していきます。

私たち自身が、自己の中に未だ端的に感じ取れない、心(自我)の要素を他者の上に見出していくのです。

そして、それらの他者との交流を通して、その要素(自我)がだんだんとくっきりと育っていき、自己の重要な属性になっていくのです。

そして、成長の果てに、かつては、自分が目標とした人の或る美質が、自分の中にも育って来たことを見出して、深い感慨を得ることになります。

たとえば、ヘルマン・ヘッセの小説『デミアン』は、タイトルどおり、魔霊(demon)のような不思議な友人(師)をめぐる、ある青春の物語です。

フランスの批評家のモーリス・ブランショも指摘するように、この物語自体が、話り手の白昼夢であるような不思議な肌触りを持った小説です。

描かれる出来事も、通常の日常的現実を超えるような、どこか夢幻的な光輝を帯びています。
描かれる友人デミアンも、ただの人間というより、どこか天使と悪魔を合わせたような超人間的な存在です。
それでいながら、デミアンは、私たちの心に強烈な造形を残す魅惑的な姿をしているのです。
私たちが、進化すべき姿のような幻惑があるのです。

さて、その小説は、戦地で砲弾を浴びた(死に近くいる)主人公が、自分の心の中にかつての卓越した友人(師)デミアンのような、自己の存在の姿を見出す場面で終わっています。
これは、上記で見たような事柄を考えると、納得的な結末だといえるのです。

そして、そのようなことは、人生で実際にあることなのです。


【ブックガイド】
ゲシュタルト療法については基礎から実践までをまとめた解説、拙著
『ゲシュタルト療法 自由と創造のための変容技法』
をご覧ください。
気づきや変容、変性意識状態(ASC)を含むより総合的な方法論については、
拙著
『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。