明晰夢の効力 2 映画『マトリックス』の世界へ

さて、以前、映画『マトリックス』について取り上げました。
そこにおいて、物語の中で描かれている(マトリックスのつくり出す)仮想世界というものが、今、私たちが生きているこの現実世界と、さほど違うものではないということについて記しました。
マトリックスの暗喩(メタファー) 残像としての世界
つまり、マトリックスの世界とは、決して、絵空事や他人事ではないということについてです。
というより、私たちが生きるこの世界も、同じような、ニセの知覚的世界(表象)によって作られている世界であるということについてです。

今回は、そのようなマトリックスの世界観と、特異な夢の一種である「明晰夢」との関連性について少し考えみたいと思います。

ところで、「明晰夢 lucid dream 」についても、以前も少し取り上げました。
「明晰夢」の効力 夢の中で掌を見る

また、拙著『砂絵Ⅰ』においても、夢見の技法のひとつとして、この明晰夢を重要な実践として取り上げました。
『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

「明晰夢 lucid dream 」とは、夢の中で、人が、自分が夢を見ていることに気づいて、その上で、行動しているような夢のことです。

現在では、心理学的にも研究が進んでいますが、歴史的には、チベット密教やシャーマニズムの中で、その存在が知られていたものでした。

ところで、明晰夢の世界とは、大変興味深い世界です。
そこでは、自分の見て、聞いて、感じているまわりの世界すべてが、自分のつくり出した仮想世界だと理解しながら、その感覚を味わっている、そんな状態(世界)です。

それは、奇妙な世界です。

たとえば、明晰夢のなかでは、今はもう、物理的には存在しない昔の家や部屋にいることがあります。
「この部屋は、もう存在していない」
ということは、夢の中でも分かっています。
目の前に、存在している物や風景が、「夢がつくり出している」ということを分かって、それらを見たり、感じたりしているのです。
しかし、それらはありありと、存在しています。
夢特有の、多少感覚のぼやけた感じはあることもありますが、それでも、それらの物に触れると、現実で触れるのと、同じような感覚が得られるのです。

それは不思議な感覚です。
たとえば、それは、昔、懐かしい部屋だったりします。
そこには、今ではすっかり、忘れてしまっていたような風景や物の細部がそこに在ります。
「そういえば、こんな物が、部屋の片隅にいつもあったなぁ」
とか、
「そういえば、ここにはこんな感じで、よく埃が積もっていたなぁ」
と、現実に存在しない物や風景が、そこには、今も在るのです。
そして、それらの物に実際に触れてみると、とても懐かしい触感が得られたりするのです。
それは、深い感慨と、愛惜の世界といえるものでもあります…

さて、このように、明晰夢は、体験それ自体においても、充分に感銘的なものであるのですが、その影響力は、さらにより深い作用を、私たちにもたらしてくるものでもあるのです。
つまりは、興味深いことに、このような、明晰夢の感覚は、普段の日常生活に、影響を与えて来るということなのです。
というのも、明晰夢の中では、まわりの風景のすべてが「自分の感覚情報が、創り出したものだ」とわかっています。
そのうえで、さまざまな行動をとることを、試してみたりしているです。

しかしながら、冷静に考えてみるとわかるように、「自分の知覚(五感)情報が、まわりの世界をすべて創り出している」ということにおいては、この普段の日常的現実、日常意識の見る風景においても、事情はまったく同じなのです。

この覚醒時の、まわりの風景や物にしろ、皆、脳や感覚がつくり出した情報の世界、任意の構成風景であることは、まったく同じであるからです。
そして、そのようなことが、明晰夢での知覚的実感から、まざまざと納得できるわけなのです。
その感覚の任意性(仮象性)を、否定することができないからです。
「この風景も、自分で創り出している感覚情報である」ことが、実感的に気づかれ awarenessてしまうのです。

そして、それは、映画『マトリックス』において、主人公ネオたちが、マトリックスのつくり出す、仮想世界のなかで、その仮想性を意識して行動しているのと、同じような感覚でもあるのです。
私たちも、この現実世界においても、任意の感覚情報の中を、生きているというわけなのです。
ネオたちのような気分を感じるようになるということなのです。
それらを理解しつつ、行動していくようになっていくというわけです。
そして、それは、生きる上で、私たちに、新しい種類の自由度をもたらすことにもつながっていくのです。
新しい流動性の感覚を、身の内に感じはじめるからです。

チベット密教においては、おそらく、世界の空性を実感的に理解するために、夢ヨーガを行なうのでしょうが、そのように私たちは、明晰夢の眼差し(光線)を通して、目の前の世界を、より流動的で、非実体的なものとしてとらえるようになっていくのです。
そして、同時にそこに、別種のエネルギー領域も感じるようになるのです。
そして、夢にも、次元の階層性があることに気づいていくのです。

以前も紹介しましたが、明晰夢と夢見に関して、シャーマニズムでは、次のような三段階の進化を唱えます。
第一段階「夢の中で、それが夢だと気づくこと」
第二段階「目覚めている時に、この世界が夢だと気づくこと」
第三段階「その(この)夢から、覚めていくこと」

つまりは、映画『マトリックス』の世界を地で行くような事態が、実際に起こってくることのです。

そのような点で、この明晰夢の実践(実験)は、私たちの意識拡張の探求において、とても重要なものとして位置づけることができるのです。

 

【ブックガイド】
ゲシュタルト療法については基礎から実践までをまとめた解説、拙著
『ゲシュタルト療法 自由と創造のための変容技法』
をご覧ください。

気づきや変容、変性意識状態(ASC)を含むより総合的な方法論については、
拙著
『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』

および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。

↓動画解説 「変性意識状態(ASC)とは何か その可能性と効果の実際」