ブリージング・セラピー その2 BPM (Basic Perinatal Matrix)

ブリージング・セラピー(呼吸法)Ⅰでは、スタニスラフ・グロフ博士の「ホロトロピック・ブレスワーク」の実際のセッション体験について記しました。
ここでは、この理論の前提となっている「分娩前後マトリックス Basic Perinatal Matrix」についてご紹介いたしましょう。

◆「出生外傷(バース・トラウマ)」の発見
―「分娩前後マトリックス」

グロフ博士は、精神科医として、当初は、LSDを使った心理療法(サイケデリック・セラピー)を行なっていましたが、その数千回にわたる、クライアントとのLSDセッションの中で、人間の深層に「出生外傷(バース・トラウマ)」が存在することを発見しました。
それは、人間が「胎児として、子宮から膣道を通って出産される」という強烈な体験プロセスの記憶です。
LSDセッションの場では、しばしば、それらが回帰(再体験)してくることになったからです。
これは、他の人々の話から類推するに、(必ずしも医療的場面でなくとも)LSD体験の中では、よく観察されていた現象のようでした。

グロフ博士は、これを「基本的分娩前後マトリックス BPM (Basic Perinatal Matrix)」と呼んで、体験のフェーズごとにBPMⅠ~ BPMⅣまで、4つに分けて分析、体系化していきました。
そして、それらが「原トラウマ」として、人間のその後の人生に大きな影響を与えていると考えたのでした。
BPMは、身体症状から、精神障害で現れるタイプ・傾向、日常生活での好み嗜好/強迫観念、性的な好み嗜好にいたるまで、その人を貫く大きな要素として、「出生外傷(バース・トラウマ)」の性質/傾向性
が影響しているという理論です。
それは、以下の4つのフェーズとなります。

①BPMⅠ 母親との原初の融合

最初のフェーズです。これは胎児が、母親の子宮の中にたゆたっている状態です。子宮内が良好な状態であれば、これは安逸(至福、天国)の体験です。子宮内が胎児にとって不快な状態であれば、逃れられない最悪の体験(地獄)です。胎児にとっては、子宮内が宇宙そのもの(全居場所)であるからです。

②BPMⅡ 母親との拮抗作用

やがて、出生の時期を迎えます。胎児は子宮口に吸い込まれていく体験に入ります。胎児にとっては、謎の危機的な状況です。得体のしれない、窒息や吸引など様々な脅威がこの体験過程の表象となっています。死の恐怖や「出口なし」の感覚などの先の見えない不安と行き詰まりが支配するフェーズです。

③BPMⅢ 母親との相助作用

産道・膣道を通って出生していく(出産される)場面です。胎児は膣道の「万力で締めつけられるような」圧倒的な力に、自分が圧し潰されそうになる脅威を感じます。膨大なエネルギーが発散・放出されます。激しい全身硬直と怖ろしいまでの凝集・圧迫エネルギーに満ちた状態ですが、どこか脱出に向かう仄かなベクトルも感じられます。同時に、胎児と産道・膣道との強い摩擦による(神経発火の稲妻による)、ぞっとするような性的でもある「火山的エクスタシー」を体験することもあります。

④BPMⅣ 母親からの分離

実際に、出産されて母親の外に出る体験です。恐ろしい苦難の後の突然の解放体験となります。そこでは、まばゆさと歓喜に満ちた元型的な世界を体験したりもします。急激な解放による救済感覚や、急な外気による肌感覚の衝撃(寒気)を覚えたりもします。

さて、以上のような4つのフェーズが原型的な体験となって、私たちの深層意識の底に巣食い、その後の人生に与えていくというのがグロフ博士のBPM仮説となっています。
※グロフ博士の『脳を超えて』(吉福伸逸他訳 春秋社)という大著があります。最下部の一覧表は同書からの転載です。

ところで、このような心の原風景は、さまざまな形で、筆者の(変性意識状態を使った)深化/進化型のゲシュタルト療法においても、非常にしばしば現れてくるものでもあるので、やはりとても普遍的な現象(心的体験)であることが窺えます。
クライアントの方に、明確に「出生」「子宮」「産道」というイメージがなくとも、身体症状や強い情動的な性質、イメージ、その他さまざまな象徴的表現、暗喩(メタファー)を通して、似たような要素が現れてくるのです。
そして、その身体的・感情的プロセスを完了すると、とても大きな解放状態が訪れるのです。
そのため、ブリージング・セラピーに限らず、人間の深層意識の理解のために、この理論が唱えるさまざまなイメージや症状、感情や情動の性質、体験過程と構造をおさえておくことは、重要なことであると考えられるのです。

有名な(反)精神科医のR.D.レインも、バース・トラウマや子宮内での着床体験記憶に注目した一人でした。
彼自身のLSD体験や、臨床経験から得られた洞察に基づいて、そのような結論に至ったのだと思われます。
そして、それを象徴的に体験していくことが、治癒効果にもなることを発見したのでした。

最近では珍しくない。自分の出生について、あるいは子宮内の生活について、ほかならぬ自分の記憶として人が語るのを聞くことが私にはめずらしくない。(中略)

十六歳の少女が精神病だと診断された。
彼女はもの憂げな表情で、眼はどんよりとし、皮膚はつやがなく乾いていた。
彼女は床の上で十五分ほどもがき、のたうち、ひきつり、苦しんでいたが、遂に「外に出た」と感じた。

十五分たった時の変化は著しかった。
彼女の眼は輝き、ほとんどきらめいていた。
皮膚は暖か味をおびて湿っていた。
彼女が言うところでは、自分は今まで経験した記憶がないような感じをもって驚いている、ということだった。

R.D.レイン『生の事実』塚本嘉寿他訳(みすず書房)


※ちなみに、トランスパーソナル心理学を、A.マズローとともに立ち上げた、スタニスラフ・グロフ博士は、元々チェコで、合法だったサイケデリック(LSD)・セラピーを行なっていた最重要人物です。

下の彼のインタビュー動画は、サイケデリック(LSD)の登場、効果、普及の理由などを、彼自身の個人的体験として、歴史的に回顧する大変興味深いものとなっています。↓
https://www.ntticc.or.jp/ja/hive/interview-series/icc-stanislav-grof/
※インタビュー中の、「イサレム」はエサレン、「バルド界」と訳されているものは、「チベットの死者の書」でいう「バルドゥ(中有)」のことです。

▼『脳を超えて』S.グロフ/菅靖彦他訳(春秋社)より転載


※体験的心理療法や変性意識状態(ASC)についての総合的な方法論は拙著↓
入門ガイド
『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』
および、よりディープな
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』をご覧下さい。

↓動画「ブリージング・セラピー(呼吸法)」

※多様な変性意識状態についてはコチラ↓動画「ゲシュタルト療法 変性意識 『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』」