エンプティ・チェア(空の椅子)の技法Ⅰ

「エンプティ・チェアの技法」は、心理療法の世界においては、ゲシュタルト療法といえば、すぐにエンプティ・チェアの技法が想起されるほどに、ゲシュタルト療法のイメージとなっているものです。また、現在では、カウンセリングやコーチングなどでも、簡易な形でテクニック(チェアワーク)として広く取り入れられたりもしています。

 しかし、実は、エンプティ・チェアの技法の効果にはかなり広い幅があります。浅い効果(視点/ポジションの転換)のレベルから、深い効果(分裂した自我状態の統合)のレベルまで、さまざまなレベルの効果を発揮するものなのです。

 そのため、エンプティ・チェアの技法は、その原理(構造)をよく理解することで、より深い領域で的確に使っていくことができるようになります。ところが一方、エンプティ・チェアの技法は、ファシリテーター自身が深い変容体験をもっていないと、その原理(構造)を深いレベルでは理解できないようにもなっています。そのため、古典的なゲシュタルト療法の教科書においてさえ、充分な記述がほとんどないことにもなっているわけです。
 また加えて、古典的なゲシュタルト療法の理論は(時代が古いこともあり)、セッションで実際に起こっている現象(変容過程)に対して、理論的に充分に理解されていない部分も多いため、原理(構造)が分かりにくくなってもいるのです。これは、創始者パールズの理解についても同様です。ゲシュタルト療法は、その自律性ゆえに、進化において創始者を超えてしまっているのです(パールズはこのことを喜んでいるでしよう)。これは、後のトランスパーソナル心理学の視点から見ても、よく理解されることなのです。

 そのため、ここでは中途半端な教科書的ゲシュタルト療法の引き写し解説ではなく、セッションの実態を踏まえて、かつ、古今東西の心理学/哲学/思想の知見も総合して(理論的に補強しつつ)、実際に、何が起こっているのかを解説していきたいと思います。
 実践するうえでの「構造的なわかりやすさ」を念頭において、記述していきたいと思います。実際に、エンプティ・チェアの技法を体験したり、使ったりする際の参考になると思われます。

 さて、ところで、エンプティ・チェアの技法は、セッションの中の、さまざまな場面において利用でき、効果を発揮するものとなっています。一番、多く使用される方法は、誰か実在の人物を、エンプティ・チェアに置いてみて、(そこに居ると仮定して)その人物に、語りかけ、伝いたいことを伝えるというものです。また、相手になってみて、その気持ちを探ってみるという、形のものです。では、この手法の、原理的な意味合いを少し見ていきましょう。

①原理

 さて、心理学、フロイトの精神分析において、「投影 projection」といえば、自分が心理的に抑圧した欲求や感情(=自分のものと認めたくない欲求や感情)を、他人(外部世界の他者)に投げ込む/映し出す心理システムを意味しています。これは「防衛機制」と言われています。なぜなら、「この嫌な感情(欲求)は、私のものではなく、あの人のものだ」と感じることによって、私たちは自分の「セルフ・イメージ」を守ることができるからです。これは、私たち人類誰もが、100%行なっていることです。
面白い点は、私たちの嫌な感情(欲求)というものは、抑圧して、潜在意識(無意識)に押し込んでも、消えてしまうのではなく、それを投影しやすい他者を見つけて、そこに映し出されてしまうという点です。私たちは自分の感情(欲求)から逃げることはできないのです。潜在意識が逃がさないようにしているのです。

さて、私たちが、嫌だと思って抑圧した感情(欲求)は、私たちにとって、いわば「影(シャドー)」です。意識(顕在意識)にはのぼらないけれど、背後(潜在意識/無意識)には常に潜んでいる存在です。「影(シャドー)」を背後に隠しつつも、私たちが「これが私だ」と信じている「善きセルフ・イメージ」は、いわば「仮面」です。なので、私たちは、皆、程度の違いはあるけれど、「仮面」「影(シャドー)」に分裂している存在なのです。

「あの人はなんかすごく嫌な人」「あの人は生理的に受けつけない」と過度に強く感じる時、必ず「投影 projection」が起こっています。私たちは、自分の内にある自分の受け入れたくない感情(欲求)、認めたくない欲求(感情)を、その人に「投影」しているのです。「私は、あんな邪悪な感情(欲求)はまったく持っていない!」「あんな邪悪な感情(欲求)を持っているのは、(私ではない)あの嫌な人だ!」という風になっているわけです。本当は、その邪悪な感情は、自分の隠された感情なのに、それを抑圧し、自分から切り離し、他者のものとしているわけです。そして、そのことで、その感情を「自分のもの」と感じる苦痛(恐れ)から守られているわけです。自分の心地良いセルフ・イメージが守られるわけです(「私はいい人で、あの人は悪い人」)。しかし、そのように作為的で制限的なセルフ・イメージ(仮面/ニセの自己像)を持つことで、私たちは、心の底では苦しい葛藤を抱えることになり、苦痛の大きい対人関係や生きづらさを持つことにもなってしまっているわけです。
そして、何よりも、「悪い嫌な感情(欲求)」として抑圧しているものは、実は悪いものでもなんでもないものなのです。家庭環境や教育により、勝手に植え付けられた価値感情であり、そのことで、自分を制限して、縛りつけ、生きづらくしているだけのものなのです。
そのため、この「仮面」「影(シャドー)」の分裂や、「投影 projection」を癒していくことは、私たちの大きな心理的統合になっていくことになるのです。

ゲシュタルト療法の創始者フリッツ・パールズは、「投影 projection」を神経症メカニズムのひとつに位置づけています。
ところで、人類のほとんどは、この真実を知らない無明の中で一生を終えます。「投影 projection」は、知識や頭でわかったつもりもなってもなんの意味のないものです。意識や思考では、それを何も変えることはできないからです。無意識的現象(潜在意識的現象)だからです。しかし、この現象を、意識で目の当たりにとらえ、それを変容させることが、エンプティ・チェアの技法においては可能となります。それは、私たちを、決定的な「真実の世界」に送り込むことになります。あたかも、映画『マトリックス』において、目に見えている世界が捏造された「幻想」であると、まざまざと体験的に知ってしまうのと似た事態です。それは、本だけ読んでわかったつもりになるのとは、まったく別次元の、真の現実体験となるのです。現在の人類は、本だけ読んで、また頭で考えて何かがわかるという妄想に憑りつかれていますが、その現象(症状)自体が、進化の行き止まり dead end とも言えるものです。エンプティ・チェアの技法は、そういう妄想を解毒するのに、とても、というより唯一の効果的な技法となっているのです。
映画『マトリックス』のメタファー(暗喩) 残像としての世界

ところで、前提として、もう少し一般的な話をしておきますと、上のような「抑圧した感情(欲求)」に限定しなくとも、私たちは一般に、外部の世界(他者)を知覚でとらえようする時は、無意識的に、自分の身体(心身)要素を外部の世界に「投影」して、物事を把握しようとしています。
後に、「暗黙知 tacit knowledge 」というコンセプトで有名になる科学哲学者のマイケル・ポランニーは、私たちが対象世界をとらえる際の、身体知の投影(投射)についてさまざまな考察をめぐらしています。そのアイディアは、フランスの哲学者メルロ=ポンティの身体論などからインスパイアされたものです。

「画家は、その身体を世界に貸すことによって、世界を絵に変える」(メルロ=ポンティ『眼と精神』木田元他訳、みすず書房)

上の引用は、画家が創作活動の中で、「身体感覚」を外界に投影して、風景(対象)をとらえ(体内化し)、別にアウトプット(外在化)する様子を比喩的に描いた言葉ですが、私たちは、通常、潜在意識も含めた身体の全体で、世界や他人に関わり、それを把握しようとしているわけです。そのため、フロイトのいう抑圧したものの「投影」なども、その生体システム(機構、レール)の上に乗っかって、起こっているわけです。多くの場合、私たちは、客観的に、ニュートラル(中立的)に、外部世界をとらえているわけでは決して無いのです。

私たちが、他人や外界が、ニュートラル(中立的)に、客観的にとらえられるようになるのは、ある程度、自分の心的「投影」の歪みが解決された後での話です。精神分析でいう「投影の取り戻し」、ゲシュタルト療法的には「統合」です。ゲシュタルト療法では、「未完了のゲシュタルト/体験」がなくなったら、私たちは「物事をありのままに」とらえられると言います。それまでは、自分の歪んだ欲求(感情)を「投影」して、他者や外部世界を体験していると思ってよいのです。

さて、エンプティ・チェアの技法は、この「投影 projection」の原理を応用したものになっています。そして、その「投影」の歪みを取り去るため(分裂を統合するため)の技法となっているのです。

②技法と手順

エンプティ・チェア(空の椅子)の技法は、クライアントの方とセッションを進めるなかで、クライアントの方にとって、「或る人物との関係性」が重要なテーマであると感じられた時、また、強い感情的な価値(付加エネルギー)を有していると判断された場合に、まずは提案される技法のひとつです。
特に、或る人物に嫌悪や悪感情を持っている場合は、特に、有効な技法となります。
なぜなら、そういう場合、クライアントの方の中に、「仮面」「影(シャドー)」の強い分裂が生じており、「投影 projection」が起こっているからです。

(1)まず、クライアントの方に、空いている椅子や座布団の上に、その対象の人(人物)が居ると仮定してもらいます。

(2)次に、その人に、言いたい事を伝えてもらいます。

さて、簡単に書きましたが、「架空の劇」にもかかわらず、このようなこと自体が、クライアントの方にとって、心の負担となる場合もあるので、丁寧で慎重なやり取りが必要となることがあります。

というのも、この原理は、上の図のようになっているからです。

つまり、椅子に置かれた「その人物」とは、実はクライアントの方の中に存在している、抑圧された心の内容(感情/欲求/自我状態)が投影されたものだからです。言い換えると、心の内容(感情/欲求/自我状態)そのものだからです。
仮に「人物A」を置いた場合、そこに、クライアントの方が見ているのは、人物Aに投影している「自分の抑圧している感情(欲求)A/自我状態A」そのものだからです。(本人は、それに気づかず、そこに人物A本人を、見ていると思っていますが…)
だから、強い抵抗や拒否反応が出てしまうこともあるのです。

そして、この場合、そこに見ている人物A(=抑圧している「欲求(感情)A」)との反発・葛藤関係によって、今度は、自分の中のアンチAの部分=「欲求(感情)B/自我状態B」がとても強くなっていくという事態が生じているのです。意識が、自分を、より「欲求(感情)B/自我状態B」そのものとして感じていく(同一化していく)という事態が起きているのです。目の前に、抑圧された「欲求(感情)A/自我状態A」が投影されているので、自分の中の「欲求(感情)B/自我状態B」がより強く増幅されて、前面に出てきて、意識を占有してしまうのです。

ポイントは、ここです。

「欲求(感情)A/自我状態A」と「欲求(感情)B/自我状態B」との対立構造(=カップリング/非対称性/葛藤)のなかで、こちら側(クライアント)の主体(「私」の感覚)は、一方の側の「欲求(感情)B/自我状態B」に占領/占拠されてしまうということなのです。
これが「投影 projection」の姿(構造)です。
また、その原因としての「仮面」「影(シャドー)」の対立構造です。
これは、エンプティ・チェアの技法の中で、わかりやすく劇的に現れていますが、実は、普段の生活においても同じことが起こっているのです。
私たちは普段、自分を「完全な(十全な/全体の)自分」だと思ってますが、実は、人間関係の「投影」とともに、自分の中の「部分的な自我状態」のどれかに、いわば「自我状態(感情/欲求)B」に同一化している存在で
しかないのです。
そして、「この私」とは、「仮面」であり、つねに背後に「影(シャドー)」を持っている存在であるということなのです。
(このように、自分を、部分的な自我状態に同一化してしまうことを、伝統的インドの瞑想世界では「排他的同一化」と呼んでいました(オーロビンド)。トランスパーソナル心理学(インテグラル心理学)のケン・ウィルバーが使うこの言葉は、このインド思想を受け継いだものです)

この部分的自我状態を、切り分けて、生々しく感覚的・実感的に体験できるということが、エンプティ・チェアの技法の核心です。ここを理解して、セッションの中で実現(再現)できないと、形だけで椅子を移ってもらう、中身のないセッションになってしまうからです。

ちなみに、これが、普段の日常生活の人間関係のなかでも、私たちが苦しんだり、不自由(抑圧的・葛藤的)になってしまう理由(構造)なのです。

実は普段も、私たちは、目の前の実在する、本当の他人(会社の上司)に苦しめられているのではありません。別に、実際に物理的に苦痛を与えられている(殴られている)わけではないからです。
私たちは、その人に投影している「影(シャドー)」、自分の中の「自我状態(感情/欲求)の対立構造(葛藤/分裂/非対称性)」に囚われて、苦しめられているのです。
世間によく見られる、加害者と被害者のカップリング、攻撃者と被攻撃者とのカップリングも、心の非対称的な分裂葛藤構造(「影(シャドー)」「仮面」)として、私たちの心の中に、元々存在しているものなのです。ゲシュタルト療法でいう「トップドッグ(超自我)とアンダードッグ(下位自我)の葛藤」として、心の中に、元々存在しているものなのです。
私たちは、「影(シャドー)」を外部の他人に「投影」しているだけなのです。

そのため、これを解決(統合)していくには、潜在意識の中にある、各自我状態の葛藤を充分に感じとりその相互抑圧にある緊張(苦痛)を解放し、緩和(流動化)させることが必要なのです。そのために、この相互抑圧の中で、強く緊張している「感情(欲求)エネルギー」解放していくことが一番必要なことなのです。

しかし、そのやり方(方法・技法)は、実はシンプルなことなことでもあるのです。

方法としては、今現在、同一化しているその自我状態の感情(欲求)を充分に体験し、表出・表現しきっていくということなのです。放出しきるということなのです。
ただ、この「しきる/やりきる」ということが、一般にはイメージしにくいことなのです。私たちは、普段の人生の中で「何かをやりきる」という体験をほとんどしていないからです。普段、私たちは「常に中途半端に止める」ことばかりしているからです。非日常空間のワークの中では、この「表現しきる」「放出しきる」「感じきる」という体験をしていくことになるのです。

たとえば、今同一化している自我状態Bになった場合は、そこで体験している感情体験を、メッセージとして、十分に感じ・体験して、余すところなく、相手の人物(自我状態A)に向けて表出し、表現し、伝えきるということなのです。願望、不安、恐れなどを含め、「あらゆる感情」に気づき、精査し、体験し、表現しきることなのです。

そのことを行なうことで、自我状態B/感情(欲求)Bの十全な存在体験、表現となり、充溢した十全な存在状態を導くことになるのです。そのことで、抑圧された緊張エネルギーが弛緩し、放出され、解放され、強い抑圧が弛みだすのです。重要なのは、「充分に感じ、体験し、伝えきる」ということです。それが、欲求不満の言えない(禁じられた)感情(欲求)を解放し、完了させることにつながるのです。
また、「相手に向かって」という点も重要です。各自我状態は、相手の自我状態への愛憎によって発生したものであり、相手方への欲求(感情)によって、成り立っているからです。この分裂を統合するためには、あくまでも「相手方への欲求(感情)伝達/コンタクト(接触)」が必要なのです。

また、もし、ここで、 「自我状態B」に充分なりきれていなく(同一化できていなく)、そのBがはらむ感情(欲求)が充分に体験・表現されない場合は、「自我状態B」は「B」ではなく、「自我状態B(-A)」のように、「Aの存在に少し侵害されているB」という、葛藤を含んだままの中途半端な状態にとどまってしまっているのです。
ワークのはじめの段階では、自我状態AとBは、ある程度、癒着してたり、相互侵害していますが、充分に表現・表出しているうちに、だんだんと、各椅子に自我状態AとBが分かれていきます。
ただ、それでも、「自我状態B(-A)」のような状態が続くとしたら、表現の強度が足りないのです。だから、
「自我状態B」の十全な存在状態/体験にならないのです。そうなると、葛藤状態(相互抑圧状態)を脱出することはできないのです。
次の段階に見るように、椅子を移っても、葛藤状態を持ったまま席を移ることになり、きれいに自我状態を分けることにならないのです。椅子を移っても、自我状態がキッチリ変わること(スイッチすること)が起きないのです。
各自我状態は、葛藤/相互抑圧状態にあるので、100%表現できなくて当然なのですが(それでよいのですが)、そのクライアントの方が普段表現できている以上のレベルで、「自我状態B」を表現することが必要なのです。そうでないと、ワークの意味はないのです。日常生活以上の体験領域に入らないからです。

さて、通常、ワークでは、本人役から、(この場合だと)「自我状態B」に同一化している状態から、はじまることになります。
その際、クライアントの方(自我状態B)が、まずは、相手の人に感じているあらゆる感情を充分に感じて表現すること、相手方に伝えることが重要となります。
普段の生活では十分感じていないような気持ち(感情)を充分に感じて、普段決して言わないような事柄を、「普段より多く表現すること」がポイントです。
それが充分にできると、「陰極まれば陽が生ずる」の原理で、葛藤状態の相手方にあった「自我状態A」が、自然に、前景に浮上してくるということが起こってくるのです。

初心者のファシリテーターが失敗しがちなのは、この点です。「自我状態B」の方の欲求(感情)エネルギーが充分放出しきってないのに(葛藤が充分に減っていないのに)、クライアントの方に椅子を移ってもらうということをしてしまうのです。そうすると、クライアントの方は、別の椅子に、元の自我状態Bと強い葛藤状態をもったまま移ることになるので、各椅子に各自我状態を分けるという、この技法の肝心の仕掛け(ギミック)が成立しないことになるのです。クライアントの方も、椅子を移った後も、相手方の気持ち=自我状態Aに、充分に混じりけなくコンタクト(接触)/同一化することができずに、モヤモヤした気持ちになるという事態になってしまうのです。

③役割交替(ロール・スイッチ)

さて、本人役の言いたいこと、伝えたいことを充分に表現しきったと確認が取れたら、次に、クライアントの方に、本人役の椅子(B)から、Aさんの椅子(位置)に移動してもらいます。

すると、さきまでに、自我状態B/感情(欲求)Bが充分に表現されていた場合は、クライアントの方の意識は、すぐに、相手方に投影していた自我状態A/感情(欲求)Aを感じ出します(同一化します)。そのものになります。
さきまでに、自我状態B/感情(欲求)Bが充分に表現されきれず、中途半端な状態で移った場合は、Bの要素を、Aの椅子(位置)に持ち込んでしまうため、自我状態A/感情(欲求)Aを充分に感じられない、充分同一化できないということになります。ノイジーな「自我状態A(-B)」の状態です。

さて、上に、「さきまでに、自我状態B/感情(欲求)Bが充分に表現されていた場合は、すぐに、相手方に投影していた自我状態A/感情(欲求)Aを感じ出す」と書きましたが、これは、自我状態とは、相互抑圧状態にあるため、「片方が弛むと、もう片方も弛む」という構造に由来します。
数学の等式のように、左辺と右辺とは、同じように状態が変化するという法則があるのです。
つまり、クライアントの方が、自我状態B/感情(欲求)Bを充分に表現していたその裏側で、実は、自我状態A/感情(欲求)Aの方も、自我状態Bから解放されていくという事態が起こっていたのでした。そのため、椅子を移った時(ロール・スイッチした時)、すぐに、純度の高い自我状態A/感情(欲求)Aに同一化することが可能になったのです。

そして、このような、自我状態A/感情(欲求)への同一化を通して、クライアントの方は、普段は抑圧/分裂/投影していて、その意図をうかがい知ることのできなかった自我状態A/感情(欲求)A、つまり「影(シャドー)」側の深い欲求(感情)を体験し、感じとることができるようになるのです。
そして、実際に、純度の高い自我状態A/感情(欲求)Aに同一化できると、クライアントの方は、「解放された気分」「弛緩した感覚」をどこかで感じます。それが、表向きの感情(欲求)が「悲しみ」「怒り」「嬉しさ」とさまざまなタイプだとしても、その本質(底)には「解放された気分」があるのです。なぜなら、それらの自我状態A/感情(欲求)A、「影(シャドー)」は、長く抑えつけられ、切り離され、クライアントの方の意識が体験できなかった感情(欲求)だからです。それがまざまざと体験され、感じられているために、クライアントの方は、どこか深いところで、「解放された気分」「弛緩した感覚」「ホッとした感覚」を持つのです。そして、「悲しみ」「怒り」「嬉しさ」等を流れるように解き放っていくのです。
これは、普通の人生では、決して起こらない出来事です。
そもそも、「影(シャドー)」は、あんなに嫌な、嫌悪や怖れから抑圧していた欲求(感情)だからです。
しかしながら、実際に、「影(シャドー)」を充分に感じ、体験し、表現していくと、「影(シャドー)」が全然、嫌なものでも恐ろしいものでもないことに、人は気づくのです。
むしろ、智慧やアドバイス、サポートをもって、自分に教えてくれ、介入していた存在であったと気づくことになるのです。恐ろしい姿は、普段の自分から見た、幻だったと気づくのです。
「影(シャドー)」は、心の大切な一部、仲間、自分自身だと気づくのです。
ワークの実際テクニックとしては、「影(シャドー)」側の自我状態/感情(欲求)に同一化して、感じとっていくことに、時間を多くかけることが必要です。時間的な配分(比率)を多くするということです。
「影(シャドー)」側の自我状態は、人生でずっと抑圧され、切り離されていたものなので、クライアントの方が、生きられてこなかった人格(自我状態)だからです。馴染んで、慣れていくためにも、時間が必要なのです。
この人格(自我状態)を充分に味わえる時間をとってあげることが、技法的には重要なポイントとなります。
この重要性がわからないファシリテーターは、ここでも浅いアプローチで終わってしまいます。そうなると、クライアントの方が、せっかく、普段の人生で目にしない「影(シャドー)」を体験しているのに、充分に定着しないまま通り過ぎてしまうということになってしまうのです。

さて、以上のように、各自我状態がきちんと切り分けられて、純度高く体験されると、クライアントの方が苦しんでいた葛藤状態がほどけていくという事態が進展してくるのです。
そのため、ファシリテーターは、各ステップの中で、クライアントの方がそれぞれの役(自我状態)の時に、充分に(混じり気なく)、その自我状態/感情(欲求)に深く同一化できているか、表現し尽くせているかを、きちんと確認していかなければならないのです。

もし、そうでない場合は、まったく別の要素の心的内容(自我状態)が、そこに混ざり込んでいる可能性もあるので、場合により、「別のアプローチ(そのⅡ) 葛藤解決」を導入しないといけないかもしれないからです。
そして、実際のセッションでは、そういう場合の方が多いのです。
私たちの心というものは、深く複雑に絡まり、こんがらがっているものだからです。
簡易なフォーマットで、なんとかできるような、単純なものではないのです。

④役割交替の繰り返し ―各自我状態の変容

さて、以上のように、相手方の椅子を移るということを何度も繰り返していきます。この役割交替を、何度か繰り返します。自分になったり相手になったり、自分になったり相手になったりを、何度も繰り返すのです。

そうすると、片方ずつ欲求(感情)エネルギーを抜いていく要領で、ワークは進み、だんだんと相互できつく相手を抑圧していた両方の自我状態が弛んできます。葛藤が弛んで、なくなっていきます。
そうなると、さらに、より純度高くその自我状態に同一化できるようになるので、その自我状態単体でのその内奥の欲求(感情)エネルギーが解放されていくことになります。相乗効果的に、葛藤が弛み、消滅していくこととなります。
同時に
、(各自我状態を横断的に体験している存在である)気づき awareness が、両方の自我状態A・Bを交互に体験し、同一化していくことで、分裂していた(非対称的な)AとBの間に、意図(情報)の流通(結合)がつくりだされます。
相手の自我状態に対して、共感的理解が生まれ出すのです。意図(情報)と感情(欲求)エネルギーが交流しはじめ、対称性が生まれだすことになるのです。
非対称性とは交換不可能性、「私は私。あなたはあなた」の分裂状態です。
非対称とは交換可能性、「私はあなた。あなたは私」の統合状態です。

ここでは、気づきのメタ(上位)的な機能が、情報の経路として効果を発揮しているのです。
体験を体験する気づきの力です。

また、役割交替を、何回も繰り返す必要性は、私たちの硬化した相互抑圧を溶かすには、丁寧に片方ずつ、少しずつエネルギーを流すしかないからです。固く留められた2箇所のネジを弛める要領です。片方を少し弛めるともう片方が弛めやすくなります。その片方を弛めると元の片方がさらに弛めやすくなります。この交互の繰り返しで相互抑圧がほどけていくのです。
その各自我状態の中にひそんでいる感情・意識・認識・信念の「もつれた塊」は生涯に渡って固形化しているので、それを溶かすには、少しずつ動かし、揺さぶるようにエネルギー(感情)をさまざまなパターンで流し、体験する必要があるからです。
各自我状態の相互抑圧は、揺り動かすような動きを与えないと、深い部分のエネルギーが自由に流れ出さないからです。各自我状態の深いところに存在している、真のメッセージを聴き取ることができないからです。
役割交替を繰り返すことで、クライアントの方も、各自我状態にも慣れてきて、各自我それ自身(単体)の内実に、より深い気づきをもって同一化をすることができるようになるのです。

さて、そして、ワークを進めていき、たとえば「自我状態B」が充分に体験され尽くしていくと、「自我状態B」は「自我状態B´」や「自我状態Y」へと姿(状態)を変えていくことになります。
自我状態が変容をはじめるのです。なぜなら、「自我状態B」という状態自体が、相互抑圧(反発と葛藤)によって生み出されていた、偏った制限された部分的状態だっただからです。
十全な体験と表現ができて、抑圧が弛むことで、「自我状態」はより本来の姿(状態)へと戻っていくことになるのです。変容していくことになるのです。
これが、前に「影(シャドー)」は、それ自体で体験されると、恐ろしいものではなくて、仲間だと感じられると書いた意味です。

また、この自我状態が変容していくプロセスの中で、混乱したり、真っ白になったり、行き詰まりを感じたり、わからなくなったりとする場合もあります。
そもそも、「自我状態A/感情(欲求)A」と葛藤している「自我状態B/感情(欲求)B」を自分だと思っていたのに、それが消滅してしまったからです。
この混乱と惑乱、行き詰まりの場面を、ゲシュタルト療法では、「行き詰まり impasse の層」と呼んでいます。
この場面は、実は、ワークの一番重要なキモの場面ともいえるものです。
上に長々と書いたさまざまな事柄は、この場面/状態に突入するための、下ごしらえともいえるものです。
ただ、これは、これだけで長大な解説を要するテーマですので、ぜひ、別セクションの解説をご覧ください。
5層1核 感情表現(表出)の階層性

さて、そのようにプロセスを進んで、変容した「自我状態X」「自我状態Y」として交互に交流を深めていくと、これら自我状態を、自分の中の「特異な役割」(部分)でしかなかったことに気づける「より大きな気づきの広がった解放状態/空間」に、クライアントの方は移行していくことになるのです。
そして、「自我状態X」「自我状態Y」が溶け合い、合わさったような、そしてさらにそれを超えた、フラットで充実した広がり(空間)を、自分自身の中に見出していくこととなるのです。
これが「統合」状態ということになります。

ちなみに、この最後の状態を、ゲシュタルト療法(パールズ/フリードレンダー)の用語で「創造的中立性(創造的無心) creative indifference 」と呼ぶこともできます。
「両極性・対極性(の葛藤)」が均衡・中和・消滅した中空状態/感覚です。
「両極性・対極性」にとらわれることのない自由な無の空間、ゼロ・ポイント、空性です。
セッションの中でも、ここで人はしばしば、澄み切った静かさのスペース(空間)のひろがりを経験したりもします。
ある種の意識拡張的な体験といえるものです。
(ちなみに、この「創造的中立性」状態と、次世代のトランスパーソナル心理学が「トランスパーソナル(超個/超人格)」的と呼ぶ意識状態が、地続きでつながっていることは、容易に類推できるかと思います。
このような視点が、ケン・ウィルバーが初期から指摘する、ケンタウロスの領域(ゲシュタルト療法/心身一元論的心理療法)とトランスパーソナル的な領域が連続的に存在していることへの「実践的/実在的な根拠」でもあるのです)

さて、ワークのテクニックとしては、時として、この最後の統合された自我状態が、「自我状態Z」として明瞭に現れてきた場合などは、新しい椅子を別に用意して、その場所を与えてあげるというのも技法的にはアリです。
(その場合、自我状態XとYは、「自我状態Z」の部分(要素)として、包含されている感覚になります)

そして、クライアントの方は、より大きくなった「自分のひろがり」を感じつつ、小さくなった(変容した)自我状態XとYを眺めつつも、自分が相手に投影してたり、自分だと思い込んでいた苦痛(自我状態ABの葛藤)が、自分の思い込みで大したものではなかったことにまざまざと気づくことになるのです。
当然、ワークの最初に感じていた(投影していた)Aさんへの感情(苦痛)は、消滅しています。
そして、実在するAさんに投影していた感情(欲求)、「影(シャドー)」
を、「Aさんだと思っていたのは、自分のXだったのだ」と得心することになるのです。
そして、「影(シャドー)」の中にこそ、力と叡智(魔法)があると言われることの意味を理解するのです。
英雄の旅 (ヒーローズ・ジャーニー) とは何か
スッキリと幻想やモヤが晴れた解放感と、充実した統合的なエネルギーを感じるようになるのです。
五感が冴えわたり、あたりの風景や物の彩りが鮮やかに、鮮明に見えます。

クライアントの方は、今まで分裂して生きられてなかった別の自分自身(自我状態)と統合されることで、ひとまわり大きくなった自分、パワフルで力に満ちている自分を、強烈に体感している状態で、このワークは終わります。

※よくある失敗(間違い)について

よく、エンプティ・チェアの技法について、「なかなか終わらない」「終わらせ方が分からない」「腑に落ちない(気持ち悪い、モヤモヤした)終わり方になる」「頭で考えただけの結果になる」というような話を聞きます。
これは、エンプティ・チェアの技法とは、「言いたいことを表現する」「対話を通して統合する」というような浅い見識でしか、エンプティ・チェアの技法を理解していないことに拠りますが、そもそも、教科書的なゲシュタルト療法が、その程度の教え方しかしないものが多いので、仕方のない面もあります。
ただ、その程度のエンプティ・チェアの技法では、最初の頃は「解放された!」と感じるのですが(感情的なカタルシスは一定程度生ずるので)、途中から、ゲシュタルト療法を長くやっているわりに、「同じことの繰り返し」「大して統合されていない」という、世間によく見られる、残念な状態になってしまうのです。

上記のような場合は、本当の意味での、各「自我(欲求)状態の変容」が起こせていないことが一番の問題といえます。
それは、ワークの中で、クライアントの方が、それぞれの各自我状態/感情(欲求)に深く同一化することや、体験を行ききる(やりきる/突き抜ける)ことができていないことが大きな原因なのです。
それは、主に、感情(欲求)的な要素についてです。

葛藤状態が癒着している「自我(欲求)状態A+B」のままで、椅子をいくらアッチコッチ移っていても、それは元々の葛藤状態を場所を変えて繰り返している(再演している)だけで、葛藤の解消を起こすことにはつながりません(視点の転換、いわゆる「俯瞰して見る」程度のことが起こるだけです)。
それ、既存の自我状態(役割)で、既存の(葛藤範囲内の)感情表現をしているだけだからです。
これは「5層1核」でいうところの「役割演技の層」を、浅い表層レベルで、クライアントの方がグルグル回ってしまっていることに起因しているのです。
浅い「役割演技の層」をいくらグルグル回っていても、真の変容や統合は起きません。
「役割演技の層」とは、より深い「爆発の層」「爆縮の層」を抑圧した結果により生じている、表層人格の層でしかないからです。
「役割」の自我状態を超えた、深部への深いアクセスと、深部からのエネルギーの放出、自我(欲求)状態X・Yへの変容を通じてのみ、本当の変容も現れて
くるのです。
「役割演技の層」が溶解できてはじめて、「変容」と「統合」が起こってくるのです。

このあたりの誘導は、微細精妙な技法と、自己の変容体験とリンクしてきますので、この技法をより深めたい方は、ぜひ当スペースに訪れてみていただければと思います。
ところで、セッションにおいては、ファシリテーター自身の持っている変容体験が、ファシリテーターが提供できる変容レベルとなります。ファシリテーター自身の経験していない変容を、クライアントの方に提供することはできません。クライアントの方に、真の変容を提供しようとするなら、まず自分自身が、十分に変容を経験していないといけないのです。

さて、以上が、エンプティ・チェア(空の椅子)の技法のあらましとなります。この技法は、さまざまな活用場面を持っており、また、その効果も多様なものです。そのため、ゲシュタルト療法を超えて、色々な流派でも、採用されることになったのです。

しかし、この技法のもつ潜在能力は、それだけに終わるものではないのです。
たとえば、「気づき awareness 」が、部分的な自我状態/感情(欲求)をさまざまに移動していくこの技法のプロセスは、逆に、気づき awareness そのものが持っている非限定的な力を照らし出すことにもなります。
インド哲学で古来から言われる「目撃者 witness 」の世界です。それは、さきに少し触れたようにトランスパーソナル(超個的/超人格的)といわれる状態の秘密(原理)を解き明かす重要なヒントでもあるからです。

そして、このことが体験的に理解できると、トランスパーソナル心理学の理論家ケン・ウィルバーが、「ゲシュタルト療法的な心身一元論的統合(ケンタウロスの状態)は、ごく自然にトランスパーソナル的体験に移行する」と指摘していることの深い(深遠な)意味を理解できるようにもなってくるのです。
当スペースが「統合すれば、超越(超脱)する」というのは、そのような意味からなのです。

そして、それを単なる理論ではなく、実際の体験としても実感できるようにもなるのです。当スペースでは、なぜ、トランスパーソナル的な体験が得られやすいのかということの原理的な説明にもなっているのです。

同様に、私たち人類が、何万年にも渡って実践してきたシャーマニズム的伝統の秘密も、実は、この技法や、それが生み出す変性意識状態(ASC)との関係に含まれていたりもしていることがわかってくることになるのです。

このようなさまざまな点からも、この技法を深いレベルで身につけていくことは、同時に、人生を根本的に変える(超える)決定的な技法を手に入れていくことにもなるのです。

※実際のセッション(ワーク)は↓をご参考ください
セッション(ワーク)の実際
セッションで得られる効果
※関連記事
エンプティ・チェアの技法Ⅱ 葛藤解決
葛藤解決の方法(ポイント)Ⅰ
葛藤解決の方法(ポイント)Ⅱ ネガティブな感情の扱い方

※エンプティ・チェアの技法は、下記の事柄に強い効果や変容を人に起こします。
変性意識状態(ASC)とは何か はじめに」
変性意識状態(ASC)とは何か advanced 編「統合すれば超越する」
【図解】心の構造モデルと心理変容のポイント 見取り図

【ブックガイド】
ゲシュタルト療法については、基礎から実践までをまとめた拙著
『ゲシュタルト療法 自由と創造のための変容技法』
をご覧下さい。
ゲシュタルト療法の応用的、進化的な使い方については、気づきと変性意識の方法論である、拙著↓
入門ガイド
『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』
および、よりディープな、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。

▼▼▼【メルマガ登録】▼▼▼

無料オンラインセミナー、体験セミナー、イベント等々、各種情報をお送りしています。ぜひ、ご登録下さい! 

コチラ

↓動画解説 エンプティ・チェアの技法

↓動画エンプティ・チェア(空の椅子)の技法Ⅱ 葛藤解決」

※エンプティ・チェアの技法を効果的に使うと↓
動画「ゲシュタルト療法と、生きる力の増大」

↓動画解説「ゲシュタルト療法 セッションの効果 意欲と創造力の増大 変性意識」

↓動画解説「得られる効果と成果「心理療法と能力開発」 ゲシュタルト療法 変性意識」

↓エンプティ・チェアの技法やゲシュタルト療法の詳細については、拙著『ゲシュタルト療法ガイドブック:自由と創造のための変容技法』をご覧ください。

→拙著『ゲシュタルト療法ガイドブック:自由と創造のための変容技法』

※エンプティ・チェアの応用的な使い方はコチラ↓

→拙著『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』

※ゲシュタルト療法と心理的変容の深遠な関係は↓
解説『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』

→拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』



▼セッションで得られる効果

→解説ページ ゲシュタルト療法(セッション)で得られる効果


▼得られる効果とスキル

→解説ページ ゲシュタルト療法(セッション)で得られる効果


▼心の構造モデルと変容のポイント

FEATURED POSTS

  1. セミナー

    2023/6/10 無料オンラインセミナーのご案内…
  2. 創造性開発

    さまざまな言葉・語録・参考ヒント〈第二集〉…
  3. 創造性開発

    さまざまな言葉・語録・参考ヒント〈第一集〉…
  4. 変性意識

    変性意識状態(ASC)とは何か advanced 編「統合す…