ブリージング・セラピー その1 呼吸法と事例

ここでは、「体験的心理療法」の典型として、ブリージング・セラピーである「ホロトロピック・ブレスワーク」とその事例を紹介したいと思います。その治癒的な効果と、変性意識状態(ASC)の現れ方のあり様がよく分かると思われます。

ブリージング(呼吸法)を使ったセラピーは各種あります。
呼吸は、私たちの意識と無意識をつなぐとても重要な媒体(要素)であり、そのため古今東西の瞑想技法でも重視されてきたものです。

たとえば、私たちは、日頃よく「呼吸」を止めることで「感情」を抑えようとします。抑制しようとします。
思わず「息を止める」「息をつめていた」などという行為です。
ある種の人々にとっては、これが子供の頃からの習い癖となっていて、そのために肉体自体(肺や横隔膜)が硬くなってしまっていて、深い呼吸ができないという人がいます。
しかし、これまでの人生の中では、呼吸を止めることで「その時、感じたくなかった生々しい感情(苦痛)」から自分を守ることができたのです。
「呼吸をコントロールする=感情をコントロールする」が方程式になってしまっているのです。

しかし一方で、だんだんと、浅い呼吸しかできないために、生き生きとした生命力が枯渇してしまっていること気づき、悩まされることにもなるのです。

そのため、からだをほぐし、呼吸をなめらかに滞りなく流すこと自体が、自分の感情をなめらかに流していくことに効果的なのです。
なめらかな深い呼吸には、なめらかな感情の流れが連動します。
各種のボディワーク・セラピーにおいては、身体の硬くなった(硬化した)ブロックを直接的にほぐしていくことで、このプロセスを促進していきます。

自分の感情を抑えたり、コントロールすることを習い癖にしている人は、呼吸を解放したり、感情を深く体験することにはじめは恐怖を感じます。
また、呼吸の解放によって、感情のコントロールを失うんじゃないかと恐れを抱きます。

しかし、心配は不要です。コントロールは「自然」のシステムとして働いています。
むしろ逆に、人為的・作為的な無理なコントロールこそが、抑圧によって感情の反発を招き、感情の暴走を招くのです。
(緊張しないようにすると、かえって緊張してしまうのと同じです。緊張を受け入れると緊張はなくなります
)

マインドフルネス瞑想の要領で、心静かに呼吸に注意を向け、自然に呼吸を流していくことで、感情の流れと呼吸の流れが同期している(つながっている)感覚を静かに実感できて、心身の新しいエネルギーの流れを体験していくことができるでしょう。

ブリージング・セラピー(ホロトロピック・ブレスワーク)は、このような呼吸の特質を使って、心の深層の次元にアクセスしていく力強い方法論なのです。

◆ホロトロピック・ブレスワーク

「ホロトロピック・ブレスワーク」とは、スタニスラフ・グロフ博士が開発したブリージング・セラピーです。グロフ・ブリージング、ホロトロピック・ブリージングとも呼ばれたりします。

グロフ博士は当初、合法の研究薬だったLSDを使った心理療法(サイケデリック・セラピー)を行なっていましたが、LSDに法的規制が加わった後、ブリージング(呼吸)・セラピーでも同様の内的プロセスを促進できることを発見し、その方法論を実践化しました。詳しくは、博士の『自己発見の冒険』(吉福伸逸他訳 春秋社)などに詳しい実践法の記述がありますで、そちらをご覧いただければと思います。ここでは、ポイントだけを記していきます。

①セッションの方法

1セッションで、1時間から数時間かけて行ないます。

セッションは二人一組になり、中心のクライアント(ブリーザー)とサポートする「シッター」と役割を決めて行ないます。

クライアント(ブリーザー)が行なうことは、セッションの間の数時間、大音響で音楽が流れる中、ただ「過呼吸」を行ない、生起して来る内的プロセスに気づきをもって身を委ねるだけです。プロセスは自然に生起していきます。その中で、起承転結が自然に起こるのです。

②内的プロセス セッションの経過

グロフ博士は言います。

「たいていの場合、ホロトロピックな体験は、オルガスム曲線を描き、感情のもの上がりとともに、身体的兆候が現れ、それが絶頂期を迎え、突如の解決に導くといった経路をたどる」(前掲書)

この内的・現象的・症状的な経過はとても自然な流れで起こり、私たちの内部の〈自然〉の圧倒的な自律性(知恵)を感じさせる類いのものです。

セッションの間は、主観的には、この体験がどこに向かうのか、何が起こるのか、まったく予測がつかない状態ですが、症状や体験過程がある程度進行してくると、そのプロセスに無理がなく、私たちの経験的な体感覚とマッチしていることもあり、とりあえずはその過程の行く末に任せてみようという気分になってきます。それは、その状態が既に変性意識状態(ASC)であり、通常では気づけない、微細な生体プロセスに気づけていることにも由来します。

◆出生外傷(バース・トラウマ)

▼「分娩前後マトリックス Basic Perinatal Matrix 」

「出生外傷(バース・トラウマ)」は、フロイトや弟子のオットー・ランクらが人間の深層にあるトラウマとして昔から指摘していたものです。しかし、その指摘はどこかアイディア的で、観念的なニュアンスがありました。
しかし、グロフ博士は、クライアントとの数千回にわたるLSDセッションを行なう中で、人間の深層に文字通りの物理的・体験的記憶として「出生外傷(バース・トラウマ)」が実際に存在することを発見していったのです(そう判断していったのです)。

クライアント自身の「胎児として、子宮から膣道を通って出産される」という物理的な体験の記憶です。
それはある種、「天国的」であると同時に「地獄的な」体験の記憶です。
これが人間の深層に横たわっており、さまざまな「天使的」または「悪魔的」な欲望の基盤となっていると考えたのです。

グロフ博士は、これを基本的分娩前後マトリックスBPM (Basic Perinatal Matrix)と名づけて、BPMⅠ~ BPMⅣまで4つのフェーズに分けて解説しています。
実際の「産道体験」である同時に、その(それぞれのフェーズに)特徴的な存在状態の解説となっており、そして、どのフェーズで、トラウマな固着をもった場合に、人生でどのような傾向の問題(妄想)を引き起こすかを体系化したのです。

そして、重要なことは、この深層記憶が「ホロトロピック・ブレスワーク」ではしばしば戻ってくるということなのでした。
そして、そのトラウマ的な記憶を解消していくということなのでした。

◆セッション体験例

ここでは、実際に筆者のセッション体験を引用しておきましょう。
ところで、ブリージング自体は、過去に何回も行なっていますが、ここでは、はじめて顕著な体験をした時の事例を拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』から引用しておきます。


さて、以下を体験する前の時点で、既に何回かブリージング自体は行なっていましたが、これといって特別な体験は何も起こっていなかったので、
この時も、さしたる期待もなく、セッションを始めたのでした。

「……………………………
………………………
…………………

いつものように、
音楽に気を紛らわし、
過換気呼吸に、
集中していく…

過換気自体は、
不快なだけ、
苦しいだけ、
といってもいい…

探索するよう、
手さぐりするよう、
感覚と手がかりを求め…
呼吸を続けていく…

…………
………………
熱気が高まってきて…
顔や皮膚に、
ちりちりと、
蟻が這うよう、
痒さが走る…

茫漠とした不安に、
さきの見えない、
不快感が、
つのっていく…

呼吸に集中し…
気づきを凝らし…
内側から、
深層のプロセスが、
生起して来るのを、
見つめている…

光の斑点が、
眼の裏に、
交錯し、
輪舞する…

どのくらい、
経ったのか…
汗ばむ熱気の中、
苦しさは薄まり…
痺れとともに、
遠いところから、
満ちて来る、
生理の、
深いざわめきに、
気づく…

呼吸を続け、
その波を、
増幅し、
持続させることに、
集中する…

いつものよう、
手足のさきが、
痺れはじめ…
熱気の中、
斑らに現れる、
奇妙な汗ばみ…
冷たさの感覚… 

とりとめのない、
記憶や映像が、
夢の破片ように、
去来する…

どこへ向かっているのか、
予想もつかない…
しかし、
何かが、
満ちて来る気配…

内側の遥かな底に、
荒れ騒ぐよう、
何かが高まり、
生起する感覚…

呼吸を続け…
意識が、
途切れがちになる…
呼吸を保ち…
意識をただし…
気づきを凝らし…

………………………
………………
…………

どのくらい、
時間が経ったのか…
明滅する意識の向こうに、
ふと気づくと、
そこに、

「胎児である自分」

がいたのである…

それは、
記憶の想起ではなく、 
今現在、
今ここで、
「胎児である自分」
なのであった… 

感じとられる、
肉体の形姿が、
からだの輪郭が、
いつもの自分とは、
完全に違っている…

巨大な頭部に、
石化したよう、
屈曲した姿勢…
激しく硬直する、
腕や指たち…

手足のさきが、
堅く曲がり、
樹木のよう、
奇妙な形に、
ねじくれている…

からだ全体が、
胎児の形姿、
姿勢である…

そして、
気づくのは、
今ここに、
自分と重なって、
「その存在がいる」
という、
圧倒的な、
臨在の感覚である…
その存在の、
息吹である…

それは、
自分自身である、
と同時に、
かつて、
そうあったであろう、
「胎児である自分」
との二重感覚、
だったのである…

「いつもの自分」
の意識と、
「胎児である自分」
の感覚(意識)とが、
二重化され、
同時に、
今ここに、
在ったのである…

分身のよう、
多重化された、
肉体の、
感覚の、
意識の、
圧倒的に、
奇妙な現前が、
在ったのである…

そして、
ふと気づくと、
手足は、
異様なまでの、
硬直の激しさである…

その筋肉の凝縮は、
普段の人生の中では、
決して経験しない類いの、
岩のような硬直と、
巨大な圧力である…

自分の内部から、
このように、
途方もないエネルギーが、
発現している事態に、
驚いたのである…

肉体の深い層から、
生物学的で、
火山的なエネルギーが、
顕れていたのである…

………………
…………

何の感覚か…
まとわり、
ぬめるよう密閉感… 
粘膜のよう、
煩わしい、
冷たい汗ばみ…
奇妙な匂い…

内奥に、
深く凝集し、
細胞的に遅延する、
時間の感覚…
生理的な、
生物的な、
渇き…

胚のよう、
種子のよう、
濃密に凝縮する、
発熱の、
震え…

暗闇に、
ぼうと浮かぶ、
輝くような、
始源の感覚…
宇宙的な、
未明の、
けはい…

肉と骨の奥処に、
岩のよう、
苛烈な硬直の、
軋み…

烈火のよう、
力のエネルギーが、
尽きることない、
火力が、
終わることなく、
滾々と、
放出されていたのである…

………………………………
………………………」

さて、このセッションは、「胎児のとしての自分を見出し、体験する」ということを体験の絶頂として、身体の猛烈な硬直もそれ以上には進まず終息に向かっていきました。

主観的には、この胎児との遭遇は、大きな感情的なインパクトを持ちました。生命の自律性に対する畏怖の感覚や、その原初の輝きを、目撃し、同一化する体験となったのです。


◆体験の後

さて、このセッションの目覚しい効果は、その翌日朝にすぐ現れました。
肉体の深層に埋め込まれていた、硬化した緊張感が忽然と無くなり、膨大な量のエネルギーが解放されていたのでした。
からだが、信じられないくらい、軽くなっていたのでした。
そして、羽毛のように軽く、フワッと身を起こしたのでした。
自分のからだの軽さに、驚いたのでした。

そして、あらためて(逆算的に)過去を振り返ってみて、昨日までそのような膨大なエネルギーの重圧感を抱えて生きていたことに気づいたのでした。

普段、そのような深層の抑圧(重圧)には気づきもしていませんでしたが、膨大な緊張感が無くなってみてはじめて、心身の深層にそのような苦しく圧迫的なプログラムが埋め込まれていたのにあらためて気づいたのでした。
そして、自分がすでに「解放された存在」になってしまったことに、その朝気づいたわけでした。

続き→ ブリージング・セラピー その2 BPM (Basic Perinatal Matrix)

※体験的心理療法や、変性意識状態(ASC)についての総合的な方法論は拙著↓
入門ガイド
『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』
および、よりディープな
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。

↓動画「ブリージング・セラピー(呼吸法)」

↓動画解説 「変性意識状態(ASC)とは何か その可能性と効果の実際」

※多様な変性意識状態についてはコチラ↓動画「ゲシュタルト療法 変性意識 『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』」