ブリージング・セラピー その1 呼吸法と体験事例(変性意識状態)

ここでは、「体験的心理療法」の典型として、呼吸法を使ったセラピー(ブリージング・セラピー)である「ホロトロピック・ブレスワーク」とその事例を紹介したいと思います。その治癒的な効果と、変性意識状態(ASC)の現れ方のあり様がよく分かると思われます。

ブリージング(呼吸法)を使ったセラピーは、各種さまざまあります。
呼吸自体は、私たちの意識と無意識をつなぐとても重要な媒体(要素)であり、そのため、ヨガをはじめ、古今東西の瞑想技法でも、ずっと重視されてきたものです。

たとえば、私たちは、日頃よく「呼吸」を止めることで「感情」を抑えようとします。抑制しようとします。
普段、よく行なう「息を止める」「息をつめる」などという行為にも、そのことが現れています。
「感情の流れ」と「呼吸の流れ」とは、完全に同期しているからです。心身一元論的に同期しているのです。
人々の中には、子どもの頃から、「呼吸を抑える」ことが癖となってしまっていて、そのために肉体自体(肺や横隔膜)が硬くなってしまっていて、深い呼吸ができないという人たちがいます。
そういう人々は、最初のうちは(子どもの頃は)、呼吸を止めることで「その時、感じたくなかった生々しい感情(苦しみ)」から自分を守ることができたのです。
そのため、「呼吸を抑える=感情を抑える」が、方程式になってしまったのです。
しかし、その結果、肉体(肺や横隔膜)が硬くなってしまって、今度は呼吸が浅くなってしまって、「感情が常態的に抑圧されている」という状態になってしまったのです。
そして、大人になって、生き生きとした感情が枯渇してしまっていること気づき、悩まされることにもなるのです。
肉体(肺や横隔膜)の硬化によって、感情がよく流れなくなってしまっているのです。

そのため、からだをほぐし、呼吸をなめらかに滞りなく流すこと自体が、自分の感情をなめらかに流していくことに効果的(必要)なのです。
なめらかな深い呼吸には、なめらかな感情の流れが連動します。

各種のボディワーク・セラピーにおいては、身体の硬くなった(硬化した)ブロックを直接的にほぐしていくことで、このプロセスを促進していきます。

自分の感情を抑えたり、コントロールすることを習い癖にしている人は、呼吸を解放したり、感情を深く体験することにはじめは恐怖を感じます。
また、呼吸の解放によって、感情のコントロールを失うんじゃないかと恐れを抱きます。

しかし、心配は不要なのです。コントロールは「自然」のシステムとして働いているからです。
むしろ逆に、人為的・作為的に行なう「無理なコントロール」こそが、抑圧によって感情の反発を招き、感情の暴走を招いてしまうのです。
(緊張しないようにすると、かえって緊張してしまうのと同じです。緊張を受け入れると緊張はなくなります
)

マインドフルネス瞑想の要領で、心静かに呼吸に注意を向け、自然に呼吸を流していくことで、感情の流れと呼吸の流れが同期している(つながっている)感覚を静かに実感できて、心身の新しいエネルギーの流れを体験していくことができるでしょう。

ブリージング・セラピー(ホロトロピック・ブレスワーク)は、このような「呼吸の特質」を利用して、心の深層の次元にアクセスしていく方法論なのです。

◆ホロトロピック・ブレスワーク

「ホロトロピック・ブレスワーク」とは、精神科医のスタニスラフ・グロフ博士が開発したブリージング・セラピーです。グロフ・ブリージング、ホロトロピック・ブリージングとも呼ばれたりします。
スタニスラフ・グロフ博士は、当初は、(当然合法だった)治療用幻覚剤LSDを使った心理療法(サイケデリック・セラピー)を行なっていました。後に、LSDに法的規制が加わった後に、ブリージング(呼吸)・セラピーでも同様の変性意識状態(ASC)、内的プロセスを促進できることを発見し、その方法論を実践化したという経緯があります。
彼は、「自己実現」で有名な心理学者A.マズローとともに、1969年、「トランスパーソナル心理学」を立ち上げたことでも有名な人物であり、トランスパーソナル心理学の最重要な理論家・実践家です。

ところで、グロフ博士は、もともと母国のチェコで、数千回(直接に三千回、間接に二千回)にわたるサイケデリック・セッションにたずさわっていたわけですが、そこで現れてくる被験者の体験(現象)は、通常の私たちの理解大きく超えるものでもありました。そこで得られた膨大な資料と、新しい人間モデルについての知見が、最晩年のマズローを、「トランスパーソナル心理学」の確立へと駆り立てたものでもあったのです。
LSDの発見者アルバート・ホフマン博士は「私は、LSDの父(ファーザー)と呼ばれるが、グロフ博士は、ゴッドファーザーだ」と呼んだほどに、サイケデリック体験の諸相に通暁した人でした。
(下の彼のインタビュー動画は、サイケデリック(LSD)の登場、効果、普及の理由などを、彼自身の個人的体験として、歴史的に回顧する大変興味深いものとなっています。↓
https://www.ntticc.or.jp/ja/hive/interview-series/icc-stanislav-grof/
※インタビュー中の、「イサレム」はエサレン、「バルド界」と訳されているものは、「チベットの死者の書」でいう「バルドゥ(中有)」のことです)

ところで、LSDといえば、日本では、まるで「ドラッグ」のように思われていますが、元々は、精神医療の中で使用されていた治療用の幻覚剤です。しかし、そもそも、この「幻覚剤」という日本語自体が、事実を理解できていない表現でもあります。通常、「幻覚」とは「現実でない」ことを意味しているからです。しかし、そんな「幻覚」では「治療」などにならないことは明白なことです。サイケデリック・セラピーの権威である、スタニスラフ・グロフ博士は、LSDについて、むしろ、「幻覚」とは逆の事態を指摘しているのです。

「それら(LSD)は、他の薬物のように、薬物特有の状態を誘発するのではなく、むしろ、無意識的プロセスの特定しえない触媒もしくは増幅器として働き、人間精神エネルギー・レベルをあげることにより、その深層の内容と生得的なダイナミクスを顕在化させるのである」(グロフ『自己発見の冒険』吉福伸逸他訳 春秋社)

そのような効能があるため、通常では考えられないような現象(体験)が現れてきて、通常では得られない数多くの観察・洞察が可能になったのです。例えば、通常、私たちが過去のことを思い出すといっても(記憶力を振り絞っても)、幼い頃のことなどなかなか思い出せません。しかし、LSDでは、簡単にほんの幼少期の記憶まで鮮明によみがえってきます。また、乳幼児や胎児の頃の記憶まで出てくるということが普通にあったのです。そして、さらには、それ以外にも、現代科学では理解できない、超越的な事柄(トランスパーソナルな事柄)が沢山起こってきたのです。
【関連】そもそもの、サイケデリック・メディスン(薬草)を使った伝統的なシャーマニズムについては↓
サイケデリック・シャーマニズムとメディスン(薬草)の効果―概論
アヤワスカ―煉獄と浄化のメディスン(薬草)
さまざまなメディスン(薬草)の効果―マジック・マッシュルーム、ブフォ・アルヴァリウス(5-MeO-DMT)

さて、それでは実際に、そのようなサイケデリック・セッションについて、ここではひとつ、極端な事例を見てみましょう。そうすれば、それがもたらす「トランスパーソナル(超個的/超人格的)」という意味合いもよくわかるからです。
次の例は、或る精神科医が、LSD体験セッションの中で、自分が「精子」にまで戻り、「胎児」として生長する体験をすることになりました。

「しばらくして、大変驚いたことに、自分が一個の精子であり、規則正しい爆発的な律動が、震動するように動いている私の長い鞭毛に伝えられた生物的なペースメーカーのビートであることを、認識することができた。私は、誘惑的で抵抗しがたい性質を持った、何らかの化学的メッセージの源泉をめざす熱狂的なスーパーレースに巻き込まれていたのだ。その頃には(教育を受けた大人の知識を使って)、卵子を到達しその中に突入し受精することがゴールだということがわかった。この場面全体が私の科学的な精神にはばかばかしくこっけいに見えたが、ものすごいエネルギーを要するこの大真面目で不思議なレースに夢中にならずにはいられなかった。
 卵子を求めて張り合う精子の体験をしながら、関与するすべてのプロセスを私は意識した。起こっていることは、医学校で教わった通りの生理学的な出来事の基本的特性を備えていた。とはいえ、それら加えて、日常の意識状態ではとても思い描けない次元もたくさんあった。この精子の細胞意識はひとつのまとまりをもった自律的な小宇宙で、独自の世界だった。私は核原形質の生化学的なプロセスの複雑さを明確に意識し、染色体、遺伝子、DNA分子を漠然と意識していた」
「(卵子と)融合した後も、体験はまだ速いペースで続いた。受胎後、圧縮され加速された形で胎児の成長を体験した。それには、組織の成長、細胞分裂、さらにはさまざまな生化学的プロセスについての完全に意識的な自覚が伴っていた。立ち向かわなければならない数多くの課題、その時おりの挑戦、克服すべき決定的な時期がいくつかあった。私は、組織の分化と新しい器官の形成を目撃していた。そして、脈打つ胎児の心臓、円柱状の肝臓の細胞、腸の粘膜の皮膜組織になった。胎児の発達にはエネルギーと光の莫大な放出が伴っていた。このまばゆい金色の輝きは、細胞と組織の急速な成長にまつわる生化学的なエネルギーと関係しているように感じた」(グロフ『深層からの回帰』菅靖彦他訳 青土社 ※太字強調引用者)

次の人物は、生物でさえなく、「自分を、鉱物の意識状態と同一化していく」という非常に奇妙な体験をしていきます。

「次の例は、琥珀、水晶、ダイヤモンドと次々に同一化した人物の報告だが、無機的な世界を巻きこむ体験の性質と複雑さをよく示している。(中略)

 それから体験は変化しはじめ、私の視覚環境がどんどん透明になっていった。自分自身を琥珀として体験するかわりに、水晶に関連した意識状態につながっているという感じがした。それは大変力強い状態で、なぜか自然のいくつかの根源的な力を凝縮したような状態に思われた。一瞬にして私は、水晶がなぜシャーマニズムのパワー・オブジェクトとして土着的な文化で重要な役割を果たすのか、そしてシャーマンがなぜ水晶を凝固した光と考えるのか、理解した。(中略)
 私の意識状態は別の浄化のプロセスを経、完全に汚れのない光輝となった。それがダイヤモンドの意識であることを私は認識した。ダイヤモンドは化学的に純粋な炭素であり、われわれが知るすべての生命がそれに基づいている元素であることに気づいた。ダイヤモンドがものすごい高温、高圧で作られることは、意味深長で注目に値することだと思われた。ダイヤモンドがどういうわけか最高の宇宙コンピュータのように、完全に純粋で、凝縮された、抽象的な形で、自然と生命に関する全情報を含み込んでいるという非常に抗しがたい感覚を覚えた。
 ダイヤモンドの他のすべての物質的特性、たとえば、美しさ、透明性、光沢、永遠性、不変性、白光を驚くべき色彩のスペクトルに変える力などは、その形而上的な意味を指示しているように思われた。チベット仏教がヴァジュラヤーナ(金剛乗)と呼ばれる理由が分かったような気がした(ヴァジュラは「金剛」ないし「雷光」を意味し、ヤーナは「乗物」を意味する)。この究極的な宇宙的エクスタシーの状態は、「金剛の意識」としか表現しようがなかった。時間と空間を超越した純粋意識としての宇宙の創造的な知性とエネルギーのすべてがここに存在しているように思われた。それは完全に抽象的であったが、あらゆる創造の形態を包含していた」(グロフ『深層からの回帰』菅靖彦他訳 青土社 ※太字強調引用者)

これは、ほんの一例ですが、サイケデリック・セッションでは、このような(現代の一般常識からすると)不可思議な体験事例を数多く目撃することになります。
その結果、グロフ博士は、自分が信じていた古典的な科学的信念の方を変えていかざる得なかったのです。

「LSD研究のなかでわたしはとうの昔に、ただ単に現代科学の基本的諸仮定と相容れないという理由で、絶えまなく押し寄せる驚異的なデータ群に目をつぶりつづけることが不可能なことを思い知った。また、自分ではどんなに想像たくましくしても思い描けないが、きっと何か合理的な説明が成り立つはずだと独り合点することもやめなければならなかった。そうして今日の科学的世界観が、その多くの歴史的前例同様、皮相的で、不正確かつ不適当なものであるかもしれないという可能性を受け容れたのである。その時点でわたしは、不可解で議論の的となるようなあらゆる知見を、判断や説明をさしはさまず注意深く記録しはじめた。ひとたび旧来のモデルに対する依存心を捨て、ひたすらプロセスの参加者兼観察者に徹すると、古代あるいは東洋の諸哲学と現代の西洋科学双方のなかに、大きな可能性を秘めた新しいエキサイティングな概念的転換をもたらす重要なモデルがあることを少しずつ認識できるようになった」(グロフ『脳を超えて』吉福伸逸他訳、春秋社) ※太字強調引用者

しかし、そのような新しい見方は、上に引用した「鉱物意識との同一化」やその他の無数にある奇妙な体験の数々を説明する仮説でもあるのです。彼は、そんなサイケデリック・セッションで得た結論を次のように語ります。

「サイケデリック体験の重要な特徴は、それは時間と空間を超越することである。それは、日常的意識状態では絶対不可欠なものと映る、微視的世界と大宇宙との間の直線的連続を無視してしまう。現れる対象は、原子や分子、単一の細胞から巨大な天体、恒星系、銀河といったものまであらゆる次元にわたる。われわれの五感で直接とらえられる「中間的次元帯」の現象も、ふつうなら顕微鏡や望遠鏡など複雑なテクノロジーを用いなければ人間の五感でとらえられない現象と、同じ経験連続体上にあるらしい。経験論的観点からいえば、小宇宙と大宇宙の区別は確実なものではない。どちらも同じ経験内に共存しうるし、たやすく入れ替わることもできる。あるLSD被験者が、自分を単一の細胞として、胎児として、銀河として経験することは可能であり、しかも、これら三つの状態は同時に、あるいはただ焦点を変えるだけで交互に起こりうるのである」

「サイケデリックな意識状態は、われわれの日常的存在を特徴づけるニュートン的な線形的時間および三次元空間に代わりうる多くの異種体験をもたらす。非日常的意識状態では、時間的遠近を問わず過去や未来の出来事が、日常的意識なら現瞬間でしか味わえないような鮮明さと複雑さともなって経験できる。サイケデリック体験の数ある様式(モード)のなかには、時間が遅くなったり、途方もなく加速したり、逆流したり、完全に超越されて存在しなくなったりする例もある。時間が循環的になったり、循環的であると同時に線型的になったり、螺旋軌道を描いて進んだり、特定の偏りや歪みのパターンを見せたりしうるのである。またしばしば、一つの次元としての時間が超越されて空間的特性を帯びることがある。過去・現在・未来が本質的に並置され、現瞬間のなかに共存するのだ。ときおり、LSDの被験者たちはさまざまなかたちの時間旅行(タイム・トラベル)も経験する。歴史的時間を遡ったり、ぐるぐる回転したり、完全に時間次元から抜け出て、歴史上のちがった時点に再突入したりといった具合だ」

「非日常意識状態についてふれておきたい最後の驚くべき特徴は、自我(エゴ)と外部の諸要素との差異、もしくはもっと一般的にいって、部分と全体との差異の超越である。LSDセッションにおいては、自己本来のアイデンティティを維持したまま、あるいはそれを喪失した状態で、自分をほかの人やほかのものとして経験することがありうる。自分を限りなく小さい独立した宇宙の一部分として経験することと、同時にその別の部分、もしくは存在全体になる経験とは相容れないものではないらしい。LSD被験者は同時にあるいは交互に、たくさんのちがったかたちのアイデンティティを経験することができる。その一方の極は、一つの物理的身体に住まう、分離し、限定され、疎外された生物に完全に同一化すること、つまりいまのこのからだをもつということだろう。こういうかたちでは、個人はほかのどんな人やものともちがうし、全体のなかの無限に小さな、究極的には無視してかまわない一部分にすぎない。もう一方の極は、〈宇宙心(ユニヴァーサル・マインド)〉ないし〈空無(ボイド)〉という未分化の意識、つまり全宇宙的ネットワークおよび存在の全体性との完全な経験的同一化である。」(グロフ同書) ※太字強調引用者


グロフ博士のこのような結論は、その体験の中で現れてくる「意識」そのものの不可思議さもあり、「『意識』そのものがどのようなものであるのか」という大きな問題に関わるので、簡単に整合的な理論をつくれませんが、その「意識のリアリティ」を理解しておくことで、精神と心を探求するうえで、とても示唆の多いものとなるのです。

さて、このような、サイケデリック・セラピーを実践していたわけですが、その後、LSDに法的規制がかかった後、代替する方法論を探すの中で、ブリージング(呼吸)でも同様の変性意識状態(ASC)を生み出せることを発見し、その方法論を実践化したのです。
ブリージング(呼吸)については、サイケデリック(LSD)・セラピーの中でも、既にヒントになる現象が現れていたからです。
例えば、次の
女性は、そのブリージング・セッションの中で、「自分を鯨としてまざまざと体験する(同一化する)」という体験をしていきます。上記の各事例と同様、深い変性意識状態(ASC)が現れていることが窺えます。

「意識がはっきりと大洋的な性質を帯びてきたという感覚が高まり、ついに、大洋の意識と表現するのが一番ふさわしいものに、自分が実際になるという感覚を覚えた。いくつかの大きな体が近くにいることに気づき、それが鯨の群れであることを悟った。
気がつくと、頭部を冷たい空気が流れるのを感じ、口の中に塩辛い海水の味がした。明らかに人間のものではない異質な感覚や気持ちが微妙に私の意識をのっとった。周囲にいる他の大型の身体との原初的なつながりから新しい巨大な身体イメージが形成されはじめ、自分が彼らの仲間のひとりになったことを悟った。腹の内部にもうひとつの生命形態を感じ、それが自分の赤ん坊であることを知った。自分が妊娠している雌鯨であることに何の疑いも持たなかった」(グロフ『深層からの回帰』菅靖彦他訳 青土社)


博士のブリージング・セラピーについては、博士の著書『自己発見の冒険』(吉福伸逸他訳 春秋社)などに詳しい実践法の記述がありますで、そちらをご覧いただければと思います。ここでは、簡単なポイントだけを記していきます。

①セッションの方法

1セッションで、1時間から数時間かけて行ないます。
セッションは二人一組になり、中心のクライアント(ブリーザー)とサポートする「シッター」と役割を決めて行ないます。
クライアント(ブリーザー)が行なうことといえば、セッションの間の数時間、大音響で音楽が流れる中、ただただ「過呼吸」を行ない、自分の中に生起してくる内的プロセスに、気づきをもって身を委ねるだけです。プロセスは、内奥から自然に生起してきます。その生理的プロセスの中で、体験の完了(起承転結)が自然に起こるのです。

②内的プロセス セッションの経過

グロフ博士は言います。

「たいていの場合、ホロトロピック(※全体指向的)な体験は、オルガスム曲線を描き、感情のもの上がりとともに、身体的兆候が現れ、それが絶頂期を迎え、突如の解決に導くといった経路をたどる」(グロフ『自己発見の冒険』吉福伸逸他訳 春秋社) ※カッコ内引用者

この内的・現象的・症状的な経過はとても自然な流れで起こり、私たちの内部の〈自然〉の圧倒的な自律性(知恵)を感じさせる類いのものです。

セッションの間は、主観的には、この体験がどこに向かうのか、何が起こるのか、まったく予測がつかない状態ですが、症状や体験過程がある程度進行してくると、そのプロセスに無理がなく、私たちの経験的な体感覚とマッチしていることもあり、とりあえずはその過程の行く末に任せてみようという気分になってきます。それは、その状態が既に変性意識状態(ASC)であり、通常では気づけない、微細な生体プロセスに気づけていることにも由来します。

◆出生外傷(バース・トラウマ)

▼「分娩前後マトリックス Basic Perinatal Matrix 」

「出生外傷(バース・トラウマ)」は、フロイトの弟子のオットー・ランクが人間の深層にあるトラウマとして昔から指摘していたものです。しかし、その指摘はどこかアイディア的で、象徴的なニュアンスがありました。
しかし、グロフ博士は、クライアントとの数千回にわたるサイケデリック・セッションを行なう中で、人間の深層に文字通りの物理的・体験的記憶として「出生外傷(バース・トラウマ)」が実際に存在することを発見していったのです。

クライアント自身の「胎児として、子宮から膣道を通って出産される」という物理的な体験の記憶です。
それはある種、「天国的」であると同時に「地獄的な」体験の記憶です。
これが人間の深層に横たわっており、さまざまな心的傾向の基盤となっていると考えたのです。

グロフ博士は、これを基本的分娩前後マトリックスBPM (Basic Perinatal Matrix)と名づけて、BPMⅠ~ BPMⅣまで4つのフェーズに分けて解説しています。
実際の「産道体験」である同時に、その(それぞれのフェーズに)特徴的な存在状態の解説となっており、そして、どのフェーズで、トラウマな固着をもった場合に、人生でどのような傾向の問題(妄想)を引き起こすかを体系化したのです。
そして、重要なことは、この深層記憶が「ホロトロピック・ブレスワーク」では、(象徴的な形ではあれ)再現的に現れてくることがあるということなのでした。
そして、そのトラウマ的なエネルギーを解消していくということなのでした。

◆セッション体験例

理論的な概観をしても、イメージがつきにくいので、ここでは、実際に筆者のセッション体験を引用しておきたいと思います。
ところで、ブリージング自体は、何回も行なっていますが、ここでは、はじめて顕著な体験をした時の事例を拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』から引用しておきます。

以下のものを体験する以前にも、既に何回かブリージング自体は行なっていましたが、これといって特別な体験は何も起こっていなかったので、この時も、さしたる期待もなく、セッションを始めたのでした。後から考えると、その態度が良かったのです。「自発的/生理的プロセス」というものは、頭や意識で考えすぎると、うまく発現しないものだからです。

「……………………………
………………………
…………………

いつものように音楽に気を紛らわし、
過換気呼吸に集中していく…

過換気自体は不快なだけ、
苦しいだけといってもいい…

探索するよう、手さぐりするよう、
感覚と手がかりを求め…呼吸を続けていく…

…………
………………
熱気が高まってきて…
顔や皮膚にちりちりと、
蟻が這うよう痒さが走る…

茫漠とした不安と閉塞感…
さきの見えない不快感が、
つのっていく…

呼吸に集中し…
気づきを凝らし…
内側から何かのプロセスが、
起こってくるのを見つめている…

光の斑点が、
眼の裏に交錯し、
輪舞する…

どのくらい経ったのか…
汗ばむ熱気の中、
苦しさは若干薄まり…
痺れとともに、
遠いところから満ちて来る…
生理の深いざわめきに、
気づいていく…

呼吸を続け、
内部の感覚の波を増幅し、
持続させることに、
集中していく…

いつものよう、
手足のさきが痺れはじめ…
熱気の中、まだらに現れる、
奇妙な汗ばみ…
冷たさの感覚… 

とりとめのない記憶や映像が、
夢の破片ように去来する…

どこへ向かっているのか、
予想もつかない…
しかし、何かが、
満ちてきている気配がある…

内側の遥かな底に、
荒れ騒ぐよう、
何かが高まり、
生起する感覚…

呼吸を続け…
意識が、途切れがちになる…
呼吸を保ち…
意識をただし…
気づきを凝らし…
持ち直し…

………………………
………………
…………

どのくらい時間が経ったのか…
明滅する意識の向こうに、
ふと気づくと、

そこに、
「胎児である自分」
がいたのである…

それは記憶の想起ではなく、 
今現在、今ここで、
「胎児である自分」
なのであった… 

感じとられる、
肉体の形姿が、
からだの輪郭が、
いつもの自分とは、
完全に違っている…

巨大な頭部に、
石化したよう屈曲した姿勢…
激しく硬直する腕や指たち…

手足のさきが堅く曲がり、
樹木のよう奇妙な形に、
ねじくれている…

からだ全体が、
胎児の形姿、
姿勢である…

そして、気づくのは、
今ここに、
自分と重なって、
「その存在がいる」
という圧倒的な、
臨在の感覚である…
その存在の息吹である…

それは、
自分自身である、
と同時に、
かつて、そうあった、
「胎児である自分」
との二重感覚、
だったのである…

「いつもの自分」
の意識と、
「胎児である自分」
の感覚(意識)とが、
二重化され、
同時に、今ここに、
在ったのである…

分身のよう多重化された、
肉体の、
感覚の、
意識の、
圧倒的に奇妙な現前が、
在ったのである…

そして、
ふと気づくと、
手足は、異様なまでの、
硬直の激しさである…

その筋肉の凝縮は、
普段の人生の中では、
決して経験しえない類いの、
岩のような硬直と、
巨大な圧力である…

自分の内部から、
このように途方もないエネルギーが、
発現している事態にも、
驚いたのである…

肉体の深い層から、
生物学的で火山的なエネルギーが、
顕れていたのである…

………………
…………

何の感覚か…
まとわり、ぬめるよう密閉感… 
粘膜のよう、煩わしい、
冷たい汗ばみ…
奇妙な臭い…

内奥に、深く凝集し、
細胞の呼吸のようにゆっくりとした、
時間のすすみ…
生理的な、生物的な渇き…

胚のよう、種子のよう、
濃密に凝縮する、
発熱の震え…

暗闇にぼうと浮かぶ、
輝くような始源の姿…
未明の宇宙的なけはい…

肉と骨の奥処に、
岩のよう苛烈な硬直の軋み…

烈火のよう力のエネルギーが、
尽きることない火力が、
終わることなく滾々と、
放出されていたのである…

………………………………
………………………」

さて、このセッションは、「胎児のとしての自分を見出し、体験する」ということを体験の絶頂として、身体の猛烈な硬直もそれ以上には進まず終息に向かっていきました。

しかし、主観的には、この胎児との遭遇は、大きな感情的なインパクトを持ちました。生命の自律性に対する畏怖の感覚や、その原初の輝きを、目撃し、同一化する体験となったからです。


◆体験の後

さて、このセッションの目覚しい効果は、その翌日朝にすぐ現れました。
肉体の深層に埋め込まれていた、凝集した硬化した緊張感が無くなり、膨大な量のエネルギーが解放されていたからでした。
からだが、信じられないくらい、軽くなっていたのでした。
そして、「羽毛のように軽く」、フワッと身を起こしたのでした。
自分のからだの軽さに、驚いたのでした。
そして、あらためて過去を振り返ってみて、(逆算的に)逆に、昨日までそのような膨大なエネルギーの重圧感を抱えて生きていたことに気づいたのでした。
普段、それが当たり前なので、そのような深層の抑圧(重圧)には気づきもしていませんでしたが、膨大な緊張感が無くなってみてはじめて、心身の深層にそのような苦しく圧迫的なプログラムが埋め込まれていたのに気づいたのでした。
そして、自分がすでに「解放された存在」になってしまったことに、その朝気づいたわけでした。

※続編→ブリージング・セラピーその2 BPM (Basic Perinatal Matrix)

※この体験プロセスが持つ、本当の意味合い、私たちの変容やアウェアネスとの関係を知りたい方は、
拙著をご覧ください。
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

変性意識状態(ASC)やサイケデリック体験、意識変容や超越的全体性を含めた、より総合的な方法論については、拙著
『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』

↓動画「ブリージング・セラピー(呼吸法)」

↓動画解説 「変性意識状態(ASC)とは何か その可能性と効果の実際」

※多様な変性意識状態についてはコチラ↓動画「ゲシュタルト療法 変性意識 『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』」

https://youtu.be/3r2BjR1duyU