知覚と感情が絡み合うこの世界 サブモダリティとエンプティ・チェア

◆サブモダリティと無意識の深層感情

さて、以前、効果的に作用するNLPの技法について考えてみました。
効果的に作用するNLP(神経言語プログラミング)のフレームとは

今回はその関係で、NLPのユニークな概念である「サブモダリティ(下位・従属様相)」について、取り上げてみたいと思います。サブモダリティについては、以前も少し触れました。
サブモダリティの拡張 NLP(神経言語プログラミング)とビートルズ その2

さて、NLPで行なうサブモダリティを使ったワークでは、大体、クライアントの方のポジティブな状態の時のサブモダリティとネガティブな状態の時のサブモダリティを確認(マーキング)して、それらに対して、操作的な調整変化を加えることで、内的状態を変容させることを狙います。これが、基本的なNLPの戦略です。

そのような取り組みで、知覚状態が望むように変化するテーマは時としてあります。そのようなケースでは、上記のような取り組みで充分といえます。

しかしながら、人間において大部分のケースがそうであるように、感情的な様子が絡まって、クライアントの方の行動を妨害しているテーマにおいては、サブモダリティをいじるだけで、恒久的な問題解決やプログラミングの書き換えに至るケースはあまりありません。これが、NLPが効果がないといわれる理由の一つです。

なぜかというと、知覚要素であるサブモダリティは、必ず感情的要素とつながっているわけですが、そのサブモダリティ操作の際に、その感情的要素をうまく扱えてはじめて変容も起こるからです。そこの感情的要素から「解離する」と効果は出て来ないのです。

しかしながら、実際のところ、NLP実践者のサブモダリティのワークでは、サブモダリティは変わったものの「感情的要素がついて来ない」という事態が生じているのです。解離してしまっているのです。

そのため、クライアントの方にとっては、「操作的」で、「表面的な」「浅い」ワークという印象を残すのです。NLPが効かないと言われる理由です。

これは、事実に合った、正しい印象です。

しかしながら、「感情的要素がついて来ない」理由は、心自体の保守性(機能)のためであるともいえるのです。つまりセキュリティ機能のゆえです。

表面的な知覚の変化で、コロコロと心の深層が変わっていては、危なくて生きていけません。そのため、これは、心の健康さの証ともいえるのです。

つまり、このアプローチの間違いは、心の「階層構造」についての無知によるものなのです。


◆エンプティ・チェアの技法

サブモダリティのアプローチが、上手く届かない無意識の情動領域に、より届くのがゲシュタルト療法で使う「エンプティ・チェアの技法」です。

さて、エンプティ・チェアの技法においては、クライアントの方の無意識的な「投影」(精神分析)』を利用して、ワークを展開させていきます。

そこにおいては、クライアントの方の無意識的な投影の働きを利用し、外部の椅子などに「像」が形成され、対話が展開していきます。
→エンプティ・チェアの技法

その際に、クライアントの方が、そこに見たり、聴いたり、感じている世界は、表面的にはサブモダリティの世界です。

しかし、重要な点は、エンプティ・チェアの技法においては、サブモダリティを変えることで内的状態を変えるのではなく、内的状態が変化することによって、サブモダリティが変化していくという点です。

この関係性や構造(作用の可逆性)をよく理解しておくことが必要なのです。クライアントの方の中での状態によって、サブモダリティと内的状態の関係性が皆、違ってくるからです。

◆無意識の領域との関わり 自律性と必然性

ところで、NLPの内部においても、さまざまな流派がありますが、歴史的には、だんだんと、知覚的な操作性より、無意識の自律性を重視する方向性に向かった、というのが実情ではないかと思われます。

別に、記しましたが、NLPが創始された当初は、新時代の熱気もあり、グリンダー博士も、バンドラー博士も、また、その他の協力者たちも、皆、若者でありました。私たちを縛っている無意識的な拘束を、新しい方法論で解放することに、当時の歴史的な革命的な意義があったのです。そのため、心を操作的に変えて、解放するという指向性が強かったのです。
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しかし、本人たちも、歳を取り、経験を積むうちに、事態は、そんなに単純ではないと気づくようになったわけです。

表層で操作的に、変化を起こそうとするのではなく(それは多くの場合、うまくいきません)、もっとクライアントの方の無意識的な創造性に、上手くコンタクト(接触)し、それを活かすような方法論に向かったわけです。

また、一方、当然、当初彼らが意図したように、無意識の内の悪しき必然性(プログラム)のパターンを中断するという視点は、現在でも有効な考え方です。

心のシステムは、オートポイエーシス的な自己再生産機能を持っており、たとえ悪しきプログラムでも、癌のように自己を再生産し続けようとするからです。

その無意識的な自律性や必然性が、どのような内実を持ったものであるのかに、鋭く気づいていくことが、より重要になってくるわけです。

◆エンプティ・チェアを使いこなせない人の特徴

さて、以上のような構造的な把握から、セッション現場で、エンプティ・チェアの技法を上手く使えない人の特徴も分かってきます。

そのような人は、サブモダリティを操作するように、クライアントの方の内的状態を操作するために、エンプティ・チェアの技法を使おうとしているわけです。

そのようなアプローチでは、エンプティ・チェアでさえ、感情的要素との解離が起こり、深い作用を実現することができないのです。

感情と解離した形で、クライアントの方に、ただ形だけで表面的に椅子を移ってもらっているだけです。

クライアントの方も、なんかよく分からないという印象を持つ結果となります。仏作って魂入れずという事態です。

ところで、NLPには、「ポジション・チェンジ」という、クライアントの方に関係する人々の、人称を移っていく手法があります。この場合も、うまくいかない場合は、上記のような事態が起こっているのです。

ポジション・チェンジの手法においても、「はじめからNLPのフレームありき」ではなく、クライアントの方の中に現れている生きた内的プロセス(膨大な感情情報)を見て取って、気づきをもつことで、その状態へのより的確なアプローチが行なえることになるのです。

◆知覚と感情が絡み合う創造的な地平

さて、以上、サブモダリティとエンプティ・チェアの技法を素材に、知覚と感情が編成する世界について見て来ました。当然、人間の心(心身)は複雑であり、単純な方法論で、ひとつの回答や解決が得られるというものではありません。

さまざまな内的状態に対して、各種のアプローチを試していき、その効果を丁寧に測定しながら、セッションを進めるしかないのです。サブモダリティにおいても、エンプティ・チェアにおいても、それは同様なのです。

そして、その際は、はじめから手法や技法を決めつけるのではなく、「好奇心」を持って、クライアントの方の体験プロセスの諸相に戯れつつ、寄り添い、柔軟に、その状態に気づいていくことが肝要なのです。

セッションにおいては、開かれた姿勢から、開かれた体験自身が湧出して来るものです。

そして、実際のところ、私たちの心身の奥底からは、驚くような創造性で、意図しなかった形で、未知のプロセスが現れて来ることもあるのです。

そこのところが、クライアントの方にとっても、ファシリテーターにとっても、セッション(ワーク)が、新しい体験領域をひらく、新鮮で創造的な事態になっていく秘密(秘訣)なのです。

【ブックガイド】
ゲシュタルト療法については基礎から実践までをまとめた解説、拙著
『ゲシュタルト療法 自由と創造のための変容技法』
をご覧ください。
変性意識状態(ASC)を含むより総合的な方法論については、
『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。