ゲシュタルトの形成と破壊(解消)のサイクル

ゲシュタルト療法では、「人間」のとらえ方において、生体(生物)としての有機的「全体性」に注目します。
人間の活動は、全体として生物的な首尾一貫性を持っているということです。
そして、そこには生体の統合機能や、統合的な感覚、
生き生きとしたダイナミズムが存在しているということです。
ここでは、そのポイントのひとつとなる欲求のゲシュタルト指向をとりあげてみたいと思います。

別のセクションで見ましたが、「ゲシュタルト」とは、ドイツ語で「形」を意味し、それは「分割できない固有の形」「ひとまとまりの形」を指しています。
ゲシュタルト gestalt とは何か

ところで、私たちの欲求とは、或る「ゲシュタルト(図)」への欲求として存在しています。
欲求とは、対象への欲求だからです。
私たち
は、このゲシュタルトの単位で欲求というものを持っているのです。
そして、いつも、さまざまなゲシュタルトへの欲求を充たそうとしているのです。
ゲシュタルト療法では、人間が持つこのゲシュタルトへの欲求(感情、欲望)のあり様や、その欲求不満に注目します。下に、サイクルの図表をあげました。これはゲシュタルト療法の世界では「ゲシュタルトの形成と破壊(解消)のサイクル」「気づきのサイクル」「体験のゲシュタルトサイクル」として知られているものです。

この図は、人間(生物)に生ずる欲求とそれを充たすための一連の行動を、循環(サイクル)として表現したものです。たとえば、肉食動物の捕食行動をイメージすると分かりやすいでしょう。肉食動物が獲物を見つけて捕らえるプロセスです。この図は一番下の「引きこもり」を起点に、時計回りに回っていきます。

(1)引きこもり →引きこもりは、生物になんの欲求衝動も生まれていないニュートラルな状態です。たとえば、眠っている状態です。

(2)感覚 →生物が何か気配(情報)をとらえようとしている感覚的段階です。生物は、危険や獲物を感覚を澄まして、世界から情報を感覚的にとらえています。

(3)気づき・図になる →獲物を発見する。獲物に気づく段階です。この時、獲物が「対象=図」となり、風景が「背景(地)」となり背後に消えます。この段階で「ゲシュタルト」の形成されるのです。獲物を明確にゲシュタルトとして気づきます。

(4)興奮・衝動 →動化と訳されます。ゲシュタルトが生まれると同時に、図(獲物)への強い衝動が生じます。興奮が高まり、行動へつながる内的な動きが高まります。

(5)行動 →実際に、衝動を行動に移します。実際に獲物に近づきます。

(6)接触 →獲物(相手)に、実際に攻撃することで、物理的な接触(コンタクト contact)が生じます。

(7)充足/統合(integration) →獲物を捕らえたこと、食することで欲求が満たされます。充足します。獲物が吸収され体内化されます(異物が統合されます)。目的を達成し役目が終わった「ゲシュタルト(図)」は解消(破壊)されて無くなります。

(1)引きこもり →捕食に満足した動物は、静かに引きこもります。元のニュートラルな状態に戻ります。サイクルは完了します。待機の状態に戻ります。次のサイクルを待ちます。

このように、(3)で形成されたゲシュタルトが、(7)の欲求の満足により、解消(破壊)されるため、この図が「ゲシュタルトの形成と破壊のサイクル」と呼ばれているのです。

さて、ここでは外部世界に対する獲物の捕食行動を例に取りましたが、環境の中で生きる生物は、このようにして欲求の外部への働きかけと充足(統合)をサイクルとして回しています。
生物のプロセスとしては生きるために、外部から栄養を摂り込み吸収して、自己を成長させるシステムです。その過程でゲシュタルトの形成と破壊のサイクルを回しているのです。

ところで、パールズたちは、このように生物が欲求をもって世界と関わるシステムを、人間の「心理面」「心の体験」でも同様のものであると考えたのでした。
心も、外部世界のもの(新しいもの・新しい体験・異物)をとらえて吸収し、体内化(統合)しているというわけです。
そして、環境との格闘体験を通して「自己」をダイナミックに生成させていくモデルを組み立てていったのです。
ゲシュタルト療法が、自己と環境の間にある「境界 boundary 」を重視する理由です。

パールズも影響を受けた、実存的な哲学者として知られるハイデガーは、人間の存在(「現存在」)を「世界内存在」と一語で定義しましたが、そのように環境と一体化した存在として人間を、ゲシュタルト療法でも考えているのです。

そして、ゲシュタルト療法では、このような欲求対象とその吸収統合を、「図」の形成と欲求充足の完了行為として、「ゲシュタルトの完了 complete」という概念としてとても重要視しているのです。

未完了のゲシュタルト(未完了の体験)

さて、上記の「ゲシュタルト形成と破壊のサイクル」ですが、普通に考えてみても、私たちが人生でいつも欲しいものが手に入ったり、欲求を充足できるとはかぎりません。ゲシュタルトへの欲求が完了するとはかぎらないわけです。欲求を充足できないと、欲求不満に陥ります。
上記の動物の捕食行動も、獲物として形成されたゲシュタルトが「得られなかった」とすると、生体は欲求不満に陥ります。しかし、おそらく動物の場合は、それが後を引くケースは少ないと類推されます。
当然、未完了の体験や未完了のゲシュタルトは、経験内容や欲求(感情)の強さから、軽度から重度までの幅を持ちます。多くの場合は、欲求充足が充分でなくとも、ゲシュタルトは諦められて解消されていくことになります。

しかし、ゲシュタルトへの強い欲求が解消されずに、そのまま残ってしまう場合もあります。
ゲシュタルト療法では、このようなゲシュタルトへの強い欲求が完了していない状態を「未完了 incomplete の体験」として重視します。欲求が完了していないゲシュタルトという意味で「未完了のゲシュタルト」と呼びます。
そして、人生の経験の中において、とりわけ強い欲求(感情)が充足されないで残ると「とりわけ強い」未完了の体験」になると考えました。それがトラウマ的になると考えました。
そして、それが人を苦しめ、人が自分の人生を充分体験したり、活動するのを妨げるものだと考えました。また、神経症的症状を現すようになると考えたのでした。
「Unfinished Business やり残した仕事 未完了の体験」

そのため、セッション(ワーク)の中では、まず第一に、クライアントの方の中に生き続けている「未完了のゲシュタルト」「未完了の体験」を完了(充足)/解消させていくことを狙いとします。

そのことを通して、クライアントの方は、葛藤に煩わされる(妨げられる)ことなく、より十全に人生を感じとり、味わっていくことができるようになると考えるのです。


【ブックガイド】
※ゲシュタルト療法については基礎から実践までをまとめた拙著
『ゲシュタルト療法 自由と創造のための変容技法』
をご覧下さい。

↓動画解説「未完了の体験 やり残した仕事 unfinished Business 」

↓ゲシュタルト療法については、拙著『ゲシュタルト療法ガイドブック:自由と創造のための変容技法』をご参照ください。