
「体験的心理療法」とは、主に1960年代に、米国西海岸を中心に世界へ広まった、当時の新しい心理療法のタイプの一群です。クライアントの方が「実際に体験すること」を、手法の中心においた心理療法の一群です。
当スペースの主たる技法である「ゲシュタルト療法」や、「カウンセリング」で有名なカール・ロジャーズが晩年に熱中したグループ・セラピーである「エンカウンター・グループ」、肉体に直接働きかけて、身体面から心理・感情面を解放していく「ボディワーク・セラピー」や呼吸を使って、深い心身の解放を実現する「ブリージング・セラピー」などがその代表的なものとなっています。
日本は、心理療法(セラピー)後進国で、特に体験的心理療法においては、超後進国となっており、一般的な認知度が低く、その内実(本質)があまり理解されていないものとなってしまっています。実践している人々はいますが、全体としては、マイナーなものとなっています。
日本においては、かつて1980年代に、故吉福伸逸氏が「トランスパーソナル心理学」を日本に紹介する中で、その前提や周辺にある実践的な心理療法としてさまざまに紹介しました。
→『トランスパーソナル・セラピー入門』
→ケン・ウィルバー『意識のスペクトル』
→ケン・ウィルバー『インテグラル心理学』
また、当時の普及のメッカとしては、アメリカのエサレン研究所 Esalen Institute などがよく知られています。ここから、体験的心理療法が一般に広まったとされています。
エサレン研究所は、ワークショップ・センターであり、アカデミックな機関ではありません。そのため、当時のさまざまな先端的な人々同士が交流する場となり、新しい思想と実践的なメソッドが醸成する空間となったのでした。(そこで生まれたエサレン・マッサージなどは、日本でもここ十数年、大分ひろまってきました)
有名な人々では、思想家のグレゴリー・ベイトソンやゲシュタルト療法のフリッツ・パールズ、トランスパーソナル心理学のスタニスラフ・グロフらが長期居住者となり、さまざまなワークショップを行いました。
→『エスリンとアメリカの覚醒―人間の可能性への挑戦』
ところで、エサレン研究所をつくった所長のマイケル・マーフィーは、その活動初期に、当時はマイナーたった「エンカウンター・グループ」を実際に体験し、「サイケデリック物質と同じくらい、人を恍惚とさせるものだ」と感じたようでした。
そして、これを、
「新しい、アメリカのヨガであり、個人と宇宙とを結合する道だ」
(アンダーソン『エスリンとアメリカの覚醒』 伊東博訳 誠信書房)
と考えたのでした。
「新しい体験的心理療法」についての、当時の人々の位置づけがよくわかるエピソードです。そして実際に、体験的心理療法はそのような「心の解放メソッド」や「自己成長のメソッド」として、一般的に受け取られていったということです。心理的な調子を崩した人に向けた、治療的な方法論という面だけではなかったのです。
そして、実際、この地から体験的心理療法の新しい実践的潮流も、世界へとひろまっていったのでした。
「私は、以前より、開かれ自発的になりました。自分自身をいっそう自由に表明します。私は、より同情的、共感的で、忍耐強くなったようです。自信が強くなりました。私独自の方向で、宗教的になったと言えます。私は、家族・友人・同僚と、より誠実な関係になり、好き嫌いや真実の気持ちを、よりあからさまに表明します。自分の無知を認めやすくなりました。私は以前よりずっと快活です。また、他人を援助したいと強く思います」(ロジャーズ『エンカウンター・グループ』畠瀬稔他訳/創元社)
これは、エンカウンター・グループ体験者の言葉です。
このような心のしなやかさや感度の獲得は、どのような体験的心理療法をやったとしても、それが充分に心身一元論的に深められた場合には、おおよそ共通している要素ともいえます。
さて、では、「体験的心理療法」の特徴とはなんでしょうか?
従来の心理療法(現在日本で普通にやられている心理療法)と、何が違うのでしょうか?
そもそも、普通の心理療法(セラピー)のセッションは、形の上では、クライアントの方がセラピストに会って「お話しをする」だけのものです。
「お話し」をする過程で、クライアントの方がさまざまな事柄に気づいたり、「(誰にも話せなかった)自分の話を受け入れてもらっている」「そういう自分自身を自分で受け入れている」という事実に、癒されていくタイプのものです。
現在でも、ほとんどの心理療法(セラピー)はこのタイプのものです。
そういうやり方でも、一定の効果はありますが、体験的心理療法を創り広めた人々(フリッツ・パールズ、カール・ロジャーズ、ヴィルヘルム・ライヒ等)は、それでは十分ではない、効果が浅い・弱いと感じたのでした。
実際、そのような心理療法(セラピー)で、本当に人が深く癒される、解放されるということはありません。
そのため、現在でも、多くの人々は、セラピーやカウンセリングを受けても、多少楽になったが、「根っこにある苦痛」を取り除くという地点には到達することができないのです。
体験的心理療法を開発した人々は、病や苦痛の根源を、心と肉体の深い領域にあると考えたのでした。
そして、それらを解放し、治癒するためには、頭で考えたり解釈することは邪魔で(むしろ妨害になり)、重要なことは、感情(情動)を放出し解放することだと考えたのでした。
そして、その感情(情動)は、とりわけ肉体の奥に抑圧されていると見抜いたのでした。
体験的心理療法が、心と肉体を一体のものとしてとらえる「心身一元論的見方」をしているのもそのせいです。
そのため、クライアントの方に「感情を直接的に体験してもらう」ことにより、より深いレベルからの癒しと統合、解放が進むことを発見し、それを方法論(具体的技法)としたのでした。
「思考を離れ、感覚そのものになれ」という、ゲシュタルト療法のフリッツ・パールズの言葉は、そのことを意味しています。
たとえば、ゲシュタルト療法やエンカウンター・グループにおいては、自分の内奥で起きている感情に気づき、実際に表現していくことで、深い感情が解放されるという事態が起こってきます。
それがとても大きく深い癒しを生むということを原理としています。
ボディワーク・セラピーやブリージング(呼吸法)・セラピーにおいては、私たち人間は、感情(人間)を肉体の底に深く抑圧しているという洞察があります。そのため、クライアントの方の肉体に直接働きかけ、そこから深い感情を活性化・解放することで、より深い部分から直接的に治癒を作用をさせていくということをします。
これらの方法論は、おしゃべりだけしているソフトなセラピーよりも、効き方もずっと強く大きなもの(強度の癒し体験)になっているのです。
頭で考えてばかりで(知的なフィルターのせいで)解離し、袋小路に陥ってしまっている現代人にとっては、ダイナミックに弛緩を起こし、生命力と自然治癒力を活性化させ、心身をパワフルに甦えさせられる目覚ましい方法論となっているのです。
ところで、体験的心理療法は、心身一元的な領域で深いところから解放を促進するため、エネルギーの流動化が大きく、その側面から「意識」に直接影響する影響力も大変大きなものになります。
というのも、私たちの「意識=日常意識」というものは、肉体の硬直・拘束に強く依存しているものだからです(それが、心身一元論的な本質です)。
そのため、体験的心理療法は、変性意識状態(ASC)を起しやすいという特徴もあるのです。
サイケデリック(LSD)セラピーを行なっていたスタニスラフ・グロフ博士が、ブリージング・セラピーに移行したのもそのような理由です。
そのため、変性意識状態(ASC)へのアクセスにおいても、特に実効性の高い方法論となっているのです。
ところで、現代の日本では、体験的心理療法は一般の認知度が低く、場合によっては(社会問題ともなった)自己啓発セミナーなどと混同されてしまうという残念な結果となっています。
(当時、日本トランスパーソナル学会が作られたのは、そのようなものと混同されてしまう危惧からだと聞いています)
当スペースでは、ゲシュタルト療法の周辺領域にあるさまざまな体験的心理療法の知見や技法も活かして、心の治癒や潜在能力の開拓に役立てているのです。
スタニスラフ・グロフ博士のインタビュー↓(LSDによるサイケデリック体験ほか)
http://hive.ntticc.or.jp/contents/interview/grof
心身一元論的・ボディワーク的アプローチ
ブリージング・セラピー その1 呼吸法と事例
ブリージング・セラピー その2 BPM (Basic Perinatal Matrix)
へリンガーのファミリー・コンステレーション
【ブックガイド】
気づきや統合、変性意識状態(ASC)へのより総合的な方法論は拙著↓
入門ガイド
『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』
および
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。