意識の多層性とメタ・プログラマー―イルカ博士ジョン・C・リリーの探求(その1)

【内容の目次】

  1. フロー体験で働いている階層システム
  2. 意識(心身)のメタ・プログラマー―高次階層の存在
  3. 「聖霊 ghost 」の働くシステム的階層
  4. 生の背後に高次のもの

「本当の自己(自分)」とは、何でしょうか?
 「誰」なのでしょうか?
 「本当のおのれ」や「真我」、「セルフ Self 」にまつわる議論は、世界中の宗教などでも、有史以来の長い歴史の中で行なわれてきました。
 身近な俗世間においても、自己啓発系の中などでも、「本当に自分がやりたいこと」が問われたりします。
 しかし、これら「真の自己 Self 」にまつわる問題は、探求すればするほど、その深さとひろがりは果てしないものになっていくことになります。
 それは、通常の思考でとらえきれる範囲の外側にある事柄だからです。
  今回から、シリーズでこのあたりのことを少し見ていきたいと思います。

 ところで、別の記事「制約を捨て、さらなる上部構造にシフトする時だ(攻殻機動隊)―ゴースト Ghost の変性意識」では、日本の有名なアニメSF映画『攻殻機動隊』を素材に、私たちの心に潜む多次元的な構造(階層性)について解説してみました。
「制約を捨て、さらなる上部構造にシフトする時だ」(攻殻機動隊)―ゴースト Ghost の変性意識
 
『攻殻機動隊』の物語では、未来において、私たちの肉体が、(義肢義足のように)肉体のほとんどすべてを「義体化」することが可能となっている社会が描かれています。
 「心/意識」を入れる脳核だけは、オリジナルでないといけないのですが、それ以外の肉体部位は、すべてサイボーグのように入れ替え可能となっているような社会が描かれているのです。
 その脳核に入っている「心/意識」が、作中では、多少戯画的に、「ゴースト Ghost(霊/幽霊/聖霊)と呼ばれているのです。
 そのストーリー展開と興味深い結末については、上記の記事にまとめました。
 そこでは、実際に、「制約を捨て、さらなる上部構造にシフト」するようなことが起きてくるのです。

 さて、今回の記事では、上の記事にも示唆されていた、私たちの存在(心身)に働いている高次の次元(階層)について少し考えてみたいと思います。
 これらは、現代の通常の心理学のレベルからすれば、まったく理解されていない、心の「隠された側面/階層」ということになります。
 しかし、東洋の伝統的な考えの中では、しばしば、示唆されていたものでもあります。
また、実際の変性意識状態(ASC)の体験などでは、しばしば遭遇することでもあるのです。 
 そして、これらの次元を理解することで、私たちの意識変容(意識進化)は、決定的な形で進んでいくことになるのです。

 たとえば、「自己実現」という概念で有名な心理学者マズローは、晩年、「至高体験 peak-experience 」と彼が呼んだ、或る変性意識状態を重視しました。
 それは、その名の通り、人間の「頂点 peak 」的な高い次元が現れ出てくる、超越的な体験領域(階層)です。

「至高経験は自己合法性、自己正当性の瞬間として感じられ、それとともに固有の本質的価値を荷なうものである。つまり、至高経験はそれ自体目的であり、手段の経験よりもむしろ目的の経験と呼べるものである。それは、非常に価値の高い経験であり、啓発されることが大きいので、これを正当化しようとすることさえその品位と価値を傷つけると感じられるのである」

「至高経験は、この観点から見ると、絶対性が強く、それほど相対的ではない。(中略)それらは比較的達観し、人の利害を超越しているというだけではない。それらはまた、みずからは『彼岸』にあるかのように、人間臭を脱し、自己の人生を超えて永続する現実を見つめているかのように、認知し反応するのである」

「至高経験は、厳密な意味で、症状をとり除くという治療効果を持つことができ、また事実もっている。わたくしは少なくとも、神秘的経験あるいは大洋的経験をもつ二つの報告――一つは心理学者から、いま一つは人類学者から――手にしているが、それらは非常に深いもので、ある種の神経症的徴候をその後永久にとり除くほどである。このような転換経験は、もちろん人間の歴史においては数多く記録されているが、わたくしの知るかぎりでは決して心理学者あるいは精神医学者の注目の的となってはいないのである」

A.マスロー『完全なる人間』上田吉一訳、誠信書房) ※太字強調引用者

 マズローは、「頂点 peak 」的な高い次元が、私たちのうちに働く、さまざまな認知の層や治癒効果について述べているわけです。

1.フロー体験で働いている階層システム

 また、別の記事では、俗にゾーン ZONE とも呼ばれる「フロー体験 flow experience 」について取り上げました。
 フロー体験 flow experience において、私たちは高度な集中のなかで、特殊な意識(心身)状態、変性意識状態に入り込んでいくことになります。
フロー体験とは何か フロー状態 ゾーン ZONEとは

「…これらの条件が存在する時、つまり目標が明確で、迅速なフィートバックがあり、そしてスキル〔技能〕とチャレンジ〔挑戦〕のバランスが取れたぎりぎりのところで活動している時、われわれの意識は変わり始める。そこでは、集中が焦点を結び、散漫さは消滅し、時の経過と自我の感覚を失う。その代わり、われわれは行動をコントロールできているという感覚を得、世界に全面的に一体化していると感じる。われわれは、この体験の特別な状態を『フロー』と呼ぶことにした」

「目標が明確で、フィートバックが適切で、チャレンジとスキルのバランスがとれている時、注意力は統制されていて、十分に使われている。心理的エネルギーに対する全体的な要求によって、フローにある人は完全に集中している。意識には、考えや不適切な感情をあちこちに散らす余裕はない。自意識は消失するが、いつもより自分が強くなったように感じる。時間の感覚はゆがみ、何時間もがたった一分に感じられる。人の全存在が肉体と精神のすべての機能に伸ばし広げられる。することはなんでも、それ自体のためにする価値があるようになる。生きていることはそれ自体を正当化するものになる。肉体的、心理的エネルギーの調和した集中の中で、人生はついに非の打ち所のないものになる

M.チクセントミハイ『フロー体験入門』大森弘監訳(世界思想社)※太字強調引用者

 このフロー体験においては、通例、私たちは或る行動(行為)を、没我的な集中状態で行なっています。凄い集中力で、一心に、その物事に取り組んでいるわけです。
 そして、その状態の中では、ある特徴的な「二重性」の感覚、主体の「二重感覚」を感じることになります(「芯」では一体ですが、切り出すとそう感じられるという意味です)。
 ひとつは、そこにおいて、「その行動を、自分で完全にコントロールしている」という感覚です。
 もうひとつは、すべてが、勝手に、自動的に行なわれているという感覚です。「自分ではないものの力によって動かされている」「何かの流れに運ばれている」かのような感覚です。
 これらが、同時に、二重に感じられるのです。
 このような、二つの感じが並存している不思議な二重感覚が、「非の打ち所のない」感覚の中にはあるのです。

 そして、そのようなフロー体験においては、まるで何かに動かされているかのように、電光石火の速さで、最適な判断と選択、迅速で的確なアクションが瞬時にとられていくのです。
 「自分が行なっている」のですが、どこかで「自分を超えた領域の力」を感じたりするのです。
 この二重性や拡張された「自己の感覚」が、「フロー」の状態においては現れてくるのです。

 ところで、ある見方では、この状態においては、グレゴリー・ベイトソンのいう「二次学習」的な働きが、並外れた領域で作用しているのと仮定することもできるのです。
 そのため、「通常の自意識的」なコントロールの範囲を超えて、心身の超越的な統御と自動化が達成されているのだとも言えるのです。

 ベイトソンの学習理論とは、一次学習(学習Ⅰ)、二次学習(学習Ⅱ)、三次学習(学習Ⅲ)と、何かを学習していく取り組みの中で、「直接的な学習(一次学習)」に対して、「その一次学習についての学習(コンテクスト化/文脈化)」も、同時に学習として形成されていくという理論です。
 つまり、「直接的な学習(一次学習)」に対して、上位階層(メタ・レベル)の学習が、私たちの内部に、階層的に蓄積(生成)されていくという理論です。「『学習』について学習したもの」が積みあがっていくイメージです。
 例えば、通常、ひとつの外国語を習得すると、別の外国語も習得しやすくなります。それは、「外国語を習得すること」自体が、習得(学習)されたからです。
 なにか「技芸」を習得する際には、このような「高次の学習」が働いています。
 ベイトソンの理論自体は、複雑なもので、ご興味の方は、下記の別記事をご覧いただければと思います。 
グレゴリー・ベイトソンの学習理論と心の変容進化


2.意識(心身)のメタ・プログラマー―高次階層の存在

 さて、今回の記事から、何回かのシリーズでとりあげるのは、(ベイトソンの友人でもあり)イルカの研究やアイソレーション・タンクの発明者としても有名なジョン・C・リリー博士です。映画『アルタード・ステーツ』のモデルとなった人物でもあります。
 彼は、1960年代に当時合法だった医薬品LSDを使ったサイケデリックな実験を通して、心理(意識)のさまざまな機能について、興味深い実験を行なった研究者です。
 LSD服用時の変性意識状態においては、私たちの心の機能(プログラム)は、普段にない形で透視されて、心の構造やプログラム、その階層性が理解されていくからです。
 人間心理的機能(システム)を、プログラムやそのメタ・プログラミングとして記述する『バイオコンピュータとLSD』(原題 : Programming and Metaprogramming in the Human Biocomputer)〔菅靖彦訳、リブロポート〕は、難解な本ですが、自らをLSDセッションの被験者として、(精神分析的な知見も含めて)人間の心理機能を、「システムの制御系」として表現した興味深い本となっています。

 そして、その後に出した『意識(サイクロン)の中心』(原題 : Centre of the Cyclone: An Autobiography of Inner Space )〔菅靖彦訳、平河出版社〕においては、前著の考え方を引き継ぎつつ、自伝的なスタイルで、心身(意識)制御システムにおける「プログラム」と「メタ・プログラミング」の階層機能を、さまざまな実践的方法(LSD、アイソレーション・タンク、体験的心理療法、秘教的訓練等)を通して、実際に体験していく姿が描かれています。

 そこにおいて、私たちの日常意識(プログラム)を制御する、高次階層のシステム(メタ・プログラマー/高次存在)についてさまざまな考察がめぐらされています。
 そして、フロー体験やさらなる超越的体験として、潜在能力が極度に解放された意識状態においては、「メタ・プログラマー自身が、私たち(日常意識)の存在を制御し、操縦していくかのような事態」が、興味深い体験事例とともに数多く紹介されていくのです。

 そのようなさまざまな事例は、例えば、さきのフロー体験の中で、どのような超越的なシステムが私たちの内で作用しているのかを考える際のヒントになるものと思われるのです。
 また、その際の仮説として提示される「意識機能の階層モデル(意識の振動数レベル)」などは、世界の宗教的伝統などとも大変似通ったものであり、さまざまな比較検討が可能なものとなっているのです。
(実際、そこで示されている意識の階層構造は、後の時代に、トランスパーソナル心理学のケン・ウィルバが記す「意識のスペクトル」モデルとほぼ同じものなのです。というより、ウィルバーに影響したものと考えられるのです)
 それらは、私たちの心的システムの上位にある「高次的機能」について、さまざまなヒントを与えてくれるものとなっているのです。

3.「聖霊 ghost」の働くシステム的階層

 ところで、以前、映画『攻殻機動隊』とそのゴースト Ghost の変性意識状態(ASC)について考えてみた際、ストーリーにそって、初期のキリスト教徒に見られた「聖霊体験」について、それらを一種の変性意識状態の事例として取り上げてみました。
「制約を捨て、さらなる上部構造にシフトする時だ」(攻殻機動隊)―ゴースト Ghost の変性意識

 つまり、新約聖書にある「聖霊にみたされる」という神秘的体験/癒しの体験を、不思議な宗教的体験というよりも、システム的に、意識(心身)が未知なる「上部(メタ)構造」とつながり、整えられる体験として考えてみたわけです。
 これは、さきに触れたグレゴリー・ベイトソンなども考えているシステム論であり、さほど突拍子のないものでもないのです。ただ、理解が難しいため、一般には、あまり認知がないだけなのです。

「〈学習Ⅲ〉とは、〈学習Ⅱ〉の進行プロセス上の変化である。代替可能な選択肢群がなすシステムそのものが修正されるたぐいの変化である」

「学習Ⅱで獲得される諸前提が自動的に固められていく性格を持つということは、学習Ⅲが、人間といえどもなかなか到達できないレベルの現象であることを示している。(中略)
 しかし、サイコセラピーの場でも、信仰のめざめというような体験においても、なにかこの種の、性格の根底的な再編ということが起こると考えられているし、実際に起こっているようである」

ベイトソン『精神の生態学』佐藤良明訳(新思索社)※太字強調引用者

 学習Ⅱ(二次学習)は、学習Ⅰ(一次学習)より、高い階層で進んだ学習であり、物事の処理に対して、大変効果的に作用します。
 しかし、それは、固定化されたり、環境変化に対応できないという「問題」もはらんでいるのです。
 学習Ⅲ(三次学習)は、そのような学習Ⅱ(二次学習)を改変する作用として、稀なものですが、私たちの人生に現れてくるのです。
 それは、上で、ベイトソンも挙げているような、「サイコセラピー(心理療法)」の体験だったり、「信仰のめざめ(神秘体験/聖霊に満たされる体験)」だったりしているわけです。 

 そして、映画『攻殻機動隊』のラストシーンでは、主人公が聞く「さらなる上部構造にシフトする時だ」という(人形使いの)言葉どおりに、学習Ⅲ(三次学習)的な体験が起こったわけです。

学習Ⅲが、きわめて創造的に展開した場合、矛盾の解消とともに、個人的アイデンティティーがすべての関係的プロセスのなかへ溶出した世界が現出することになるかもしれない。

ベイトソン(同書)

というような事態です。

 さて、この視点は、歴史上に見られる神秘体験のもつ「癒し/救済」を、システム的に解明するポイントにもなるということです。

 つまり、それらは、私たちの「日常意識や自我」(下位構造のプログラム)が、「なんらかの上部(メタ)構造」とつながる(コネクストする)システムな体験であるがゆえに、上位構造からの作用(制御)で下位情報が整列させられることにより、私たちの日常意識(下位構造のプログラム)も整列・改変され、統合(治癒)されるのではないかということなのです。

 そのように考えてみると、この心の階層システムの構造が、さきに触れたリリー博士のいう「私たちというプログラム(日常意識/自我)を制御するメタ・プログラマー」説と近しい構造をとっていることもわかるのです。

 

4.生の背後にある高次のもの

 私たちの人生には、何らかのきっかけで日常意識を超える要素が、変性意識状態の侵入としてやってくることがあります。そんなことで人生が一変してしまうこともあります。
 拙著の『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法』の中では、個人的な変性意識の体験を紹介しながら、それらがもたらしたさまざまな効果・影響について記しました。
 実際、それらの体験は、私たちをまったく未知の世界に連れていくことになるのです。
詳細紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容(改訂版)』

 そして、上で見たような仮説から考えてみると、これらの変性意識体験は、私たちの日常意識の背後で働いている、私たちの「メタ・プログラマー」からの「何らかの調整作用」と考えることもできるのです。
 (文化的背景/フィルターによっては、それらを神仏と見なしたり、聖霊として見ることもあります)
 日常生活の中でも、ふと舞い込む霊感や目覚めの感覚、意識の変容感覚の中に、それらメタ・プログラマーの作用は、姿を現わしているのかもしれないのです。
 そして、それらとコンタクト(接触)する能力を高めることで、それらと整列・同調する「高次学習」も少しずつ高まっていくと思われるのです。

 そして、そのことで、メタ・プログラマーのより創造的な影響を呼び込むこと(聖霊に満たされるようなこと)も可能になると思われるのです。

 次の記事では、そのようなリリー博士の説を、より詳しく見ていきたいと思います。

【関連】
本質(エッセンス)の含有量―イルカ博士ジョン・C・リリーの探求(その2)
→「サイケデリック psychedelic (意識拡張)体験とは何か 知覚の扉の彼方」
「サイケデリック・シャーマニズムとメディスン(薬草)の効果―概論」
「アヤワスカ―煉獄と浄化のメディスン(薬草)」
「さまざまなメディスン(薬草)―マジック・マッシュルーム、ブフォ・アルヴァリウス(5-MeO-DMT)」

※変性意識状態(ASC)やサイケデリック体験、意識変容や超越的全体性を含めた、より総合的な方法論については、拙著
『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。

動画解説『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』

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