【簡易版】「英雄の旅 ヒーローズ・ジャーニー」と心理変容 〜神話が示す心の深層構造〜

はじめに──なぜ今、「英雄の旅」なのか

 「英雄の旅(Hero’s Journey)」とは、神話学者ジョゼフ・キャンベルが世界中の神話に共通する物語構造を抽出し、まとめたモデルです。
 この理論は、映画『スター・ウォーズ』のストーリー設計にも使われたことで一般に広く知られるようになりました。
 この記事では、この「英雄の旅」の構造を解説しながら、それが現代人の心の構造や心理的変容のプロセスをどのように反映しているかを、体験的心理療法の観点から深く掘り下げていきます。

◆「英雄の旅」とは何か?

 キャンベルによると、英雄とは、日常世界を離れ、超自然的な試練の世界へと旅立ち、そこで力を得て帰還する存在です。

「英雄は、あえて、日常の世界を後にして、超自然的で、不思議なものの住む世界へと、足を踏み入れ、そこで、驚異的な存在に出会い、決定的な勝利をおさめる。英雄は、この神秘的な冒険で、仲間への恩恵となる力を得て、帰還する」

ジョゼフ・キャンベル『生きるよすがとしての神話』(飛田茂雄他訳、角川書店)

 このようなストーリーは、「ありふれた典型的」なものですが、単なるフィクションの枠を超え、私たちの心の中に潜む「変容のモデル」として強く響くものなのです。

◆神話が心を映す鏡である理由

 神話とは、ただの古い物語ではありません。それは、人類の深層心理の投影であり、集合的無意識が生み出した象徴言語です。

 「英雄神話」に繰り返し現れるテーマやモチーフ(死と再生、怪物との戦い、神の試練など)は、個人の内的な変容のプロセスそのものを映し出しているとも言えるのです。
 そして、私たちは物語を読むことで、自分の人生を生き直すヒントを得ているのです。

◆元型と集合的無意識──ユングとキャンベル

 心理学者ユングは、「元型」や「集合的無意識」という概念を通して、神話がどれだけ人類共通の心の構造に基づいているかを示しました。
 キャンベルはこの考え方をさらに物語構造として展開し、「英雄の旅」は、元型的な変容モデル(旅/ジャーニーのモデル)として完成されたのです。

◆現代における応用──映画・心理療法・ビジネス

 現代では、この「英雄の旅」のパターンは、映画やドラマ、セラピーの世界、さらにはマーケティングにおいても、普遍的なテンプレートとして活用されています。
 たとえば、映画では、『スター・ウォーズ』(ルーカスはキャンベルのファンでした)、『マトリックス』『ハリー・ポッター』等々、すべてに「英雄の旅」の構造が見て取れます。
 セラピーでは、ユング心理学や、体験的心理療法(ゲシュタルト療法)の中などにおいても、「異界への入り口」「変性意識状態への移行」「力の獲得と統合」など、驚くほど類似するプロセスが現れるのです。
 マーケティングでは、いかに顧客の心を動機づけるのか、というストーリーにおいて活用されています。

◆「英雄の旅」の基本構造とは?

 キャンベルが示した基本構造をシンプルに整理すると、以下のようなステップで構成されています:

1.出発(召命)
2.旅の拒絶(恐れ・逡巡)
3.導き(賢者・守護者)
4.越境(異界・非日常)
5.試練と敵(影との対決)
6.最大の試練(死と再生)
7.力の獲得(霊薬・変容)
8.帰還(統合と贈り物の共有)

 これは、色々なストーリーで、よく見るパターンだと思います。
 私たちの「内なる旅」、すなわち、人生の変容プロセスととても重なるものであるのです。
 また、キャンベルが指摘するように、シャーマン精神疾患の方がたどる変容プロセスと同様のものでもあるのです。

◆旅の三部構成と「自己の全体性」

 また、もっとシンプルに見ると、
 「英雄の旅」は、「出発 → 通過儀礼 → 帰還」の三部構成を持ちます。
 これは、人類学でいう「通過儀礼(イニシエーション)」の構造とも一致します。

分離(Separation):日常世界からの離脱
周縁(Liminality):異界での試練と再生
統合(Reaggregation):新たな力と共に現実世界に戻る

 この旅路の本質的な構造は、忘れていた「魂の全体性」を取り戻すプロセスに他ならないのです。
 セラピーのセッションの短い時間の中でも起こってきますし、長い人生のプロセスの中でも起こってくるのです。

◆変容としての「英雄の旅」──心理学的側面からの理解

 心理学的に見れば、「英雄/ヒーロー」は、私たち自身の「自我 ego」の象徴です。
 日常の枠を超え、未知なる多くのものに出会い、試練の中、シャドウ(影)を受け入れ、新たな存在として再生する
 ──このような英雄の、変容の旅は、まさに私たちの「自我 ego」の内的プロセスの象徴なのです。

 「自我 ego」は、私たちの中では、一見「主体」として機能していますが、それは、単なる「見せかけ」でしかありません。
 「自我 ego」は、私たちの「自己の全体性(魂)」のほんの一部でしかないからです。

 日々の困難や葛藤の体験は、「影(シャドウ)」や怪物との戦いであり、そこを乗り越え/ほとんど死んで、それらを統合(死と再生)できたときにこそ、本当の自分の力(魔法の力)、「自己の全体性(魂)」を取り戻すことができるのです。

◆変容のリアリティ──セラピー現場から見た「英雄の旅」

 私自身、体験的心理療法の実践の場において、多くのクライアントの方が、まさに、このような「英雄の旅」を追体験していることを、いつも目の当たりにしています。
 たとえば、「魂の暗夜」「冥府降り」といった試練、そこを超えて得る新たな統合や目覚め、能力(霊薬)の獲得は、通俗的なファンタジーではなく、現実の変容の場面で本当に頻出するものなのです。

◆「英雄の旅」と体験的心理療法──共鳴する構造

 特に、私が行なっているような、体験的心理療法(ゲシュタルト療法)、変性意識状態(ASC)でのワークなどでは、クライアントの方が、実際に異界に入り、影と対峙し、力を統合して帰還するという、まさに神話的なプロセスが起こります。
 このような場合、クライアントの方も、「英雄の旅」「神話的モデル」のようなイメージがあると、自己の変容プロセスを理解しやすくなり、「自分の物語」として、意味づけがしやすくなるのです。

◆終わりに──あなた自身の魂の物語

 ある映画を見終えたとき、あるストーリーを読み終えたとき、人は一つの物語との遭遇を終え、自分自身の生活(現実)へと戻っていきます。

 そのとき、何が心に残っているでしょうか。
 ある場面の情景かもしれません。登場人物の言葉かもしれません。登場人物のほんの些細なしぐさかもしれません。
 あるいは、言葉にしづらい何かが、心の奥にひっかかり、わずかに動いているような感覚かもしれません。

 読んだ物語が、たとえ、それが一見、現実離れしたファンタジーであれ、読んだ人の中に強く残っている場合、そこには、自分の人生と深く関係している「ある要素」があるのです。
 その「要素」は、多くの場合、とても普遍的なものです。
 今回、解説した「英雄の旅」は、そんな普遍的な原理を教えてくれる代表的なものです。

 そして、このようなアイディアを、心の片隅で理解しておくことは、実は、人生を深くする作法となっていくのです。
 そうすることで、映画を見ることや小説を読むことは、単なる気晴らしではなく、自分の魂や人生のプロセスを理解するヒントになっていくのです。

 そして、自分自身の人生も、今の俗世間で信じられている、凡庸な、くだらないゲームではなく、秘められた「魂の全体性」を実現するための、「英雄の旅/ヒーローズ・ジャーニー」として、理解できるようになっていくのです。

※これは、簡易版の記事なので、よりディープに「英雄の旅」について知りたい方は、下のホームページの記事をご覧ください。
→英雄の旅 (ヒーローズ・ジャーニー) とは何か

変性意識状態(ASC)や意識変容、超越的全体性を含めた、より総合的な方法論については、拙著
『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。
ゲシュタルト療法については基礎から実践までをまとめた拙著
『ゲシュタルト療法 自由と創造のための変容技法』
をご覧ください。

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