変性意識状態(ASC)と天国的身体―臨死体験のメタファー

以前、映画『マトリックス』について語る中で、通常の私たちの意識が過ごしている世界が、心身の〈残像〉でしかないことについて触れました。
映画『マトリックス』のメタファー(暗喩) 残像としての世界
そして、さまざまな体験的心理療法にあるような、深い心身一元論的な解放が、私たちに別の世界を垣間見せてくれることについて記しました。

ここでは、(昨年2016年に16年ぶりの新譜を出した)アヴァランチーズ The Avalanches の昔のミュージック・ビデオ(PV)、楽しくも感動的な Since I Left You を素材に、私たちの中にある変性意識状態と、「天国的な身体(意識)」の存在について記してみたいと思います。

この動画は、ストーリー仕立てになっています。
冒頭のシーンは生き埋めになった炭鉱夫二人が、途方に暮れている情景です。
すると、どこからともなく、上の方から、音楽が聴こえてきます。
音の方向を掘り崩すと、そこに天井板のようなものがあり、それを上に開けると、二人の女性が彼らを迎えるように見つめているのです。

上の空間(部屋)に出てみると、そこでは、何やらダンス・オーディションのようなことが、行なわれているのです。
さきの女性のダンサーたちも、踊りはじめます。
二人はそれを見ているのですが、なぜか、片方の鉱夫(相棒)が、フラフラと惹き寄せられるように、音楽に誘われるように、そのダンスに加わっていきます。
審査員の前で、踊りはじめます。

最初のうちは、動きも硬かった相棒も、だんだんとこなれたステップを、取りはじめます。
女性たちが、手を引いてくれ、ともに踊っていきます。

まるで何かから解き放たれたかのように、彼は、徐々に華麗なステップを取りはじめるのです。
生き生きと、そして、優美に舞うかのようです。
そして、最後には、素晴らしい大団円の大回転(ジャンプ)を決めるのです。

拍手喝采です。

すると、踊らなかった相棒は、ふと、自分が色彩を欠いた白黒の姿になっていくことに気づくのです。
そして、踊っていた相棒の姿を見ると、そこには、〈光に包まれた彼の姿〉があったのです…

さて、このビデオには、最後に種明かしがあります。
老人になった、踊らなかった方の男が、回想して語ります。
自分が救出されてからは、彼(相棒)と会っていない。でも、彼がどこに行ったとしても、彼は、素晴らしい時を過ごしていると思うよと。

つまり、この動画の情景は、いわば臨死体験 Near Death Experienceの間の風景だったわけです。
語っている男は、目覚めてこの世に戻り、踊っていた相棒は、光の国に去っていったのです。

動画には、最初の時点で、すでに仕掛けがあります。

板の扉を開けた時点で、
Welcome to paradise, paradise, paradise と
声が聞こえているのです。

つまり、このオーディションは、そもそも彼ら自身の天国へのオーディション、だったわけです。

だから、女性たちは、不思議な明るい眼差しをして、彼らを迎えたのです。彼女たちは、天使だったのでしょうか。そして、相棒の彼は、オーディションに参加し、受かって、向こう側の世界に行ってしまったわけです。

さて、そのことが分かるとこの映像は、どのように見えてくるでしょうか。
フラフラと踊りに加わった相棒は、この世に残った男より、すでに「あの世」に近いところにいたというわけですが、これは、おそらくメタファー(暗喩)としてとらえられると思います。

フラフラと審査員の前に出た相棒の彼は、まるで、ふと何かに気づいたかのように踊りはじめます。
音楽のグルーヴに身を任せつつ、徐々にしなやかになっていきます。
最初はぎこちなかった、身のこなしもだんだんとほぐれてきて、しなやかな波動を放ちはじめます。
女性ダンサーたちや音楽と、ひとつになっていきます。
おそらく、それは、彼がそれまでの人生の中では、(さまざまな重みから)決してとれなかったであろう彼本来の軽やかなステップです。
彼はそれを取り戻していくのです。

踊る中で、彼からさまざまな「この世」的なものが脱落していきます。
彼は、自分の自由なステップ自身になっていくのです。
解き放たれていくのです。
そして、「本来の彼自身」になっていく(戻っていく)のです。

また、踊りに加われない炭鉱夫もとても重要です。
彼ら二人は、どちらも私たちの内側にいる存在(キャラクター/自我状態)だからです。
私たちの中には、つねに「踊れないと思っている自分」と、「本当は素晴らしく踊れる自分」とがいます。
通常、私たちは、勝手に自分は踊れないと思っているだけです(そのキャラクター/自我状態に同一化しています)。

しかし、そんな踊れない自分でさえ、解放された相棒の素晴らしいステップを見ていると、自分も思わず身体を揺らして、タンバリンをたたいてしまうのです。
(最後のシーンに、「天国のダンス」を忘れなかった証からか、彼のタンバリンが映っています)

そんな風に、自分の中の踊れる自分を活かしていくことが、大切なことなのです。

私たちは、自分の天国的な音楽に、本来の自分の音楽に、身を任せきることができれば、皆、踊れる存在なのです。
そのようなダンスを通して、私たちは本来の姿を取り戻していきます。
ごつい無骨な感じの相棒の男が、しなやかに解放されていく姿は、私たちの心を打ちます。
それは、私たちの皆が持っている本来の姿だからです。
反復される歌詞も、別のことを語っていません。

Since I left you
I found the world so new
Everyday
あなたを後にしてから(別れてから)、毎日毎日、世界がとても新しいことに気づいた(発見した)

私たちは、「思い込みの残像」としての世界を離れれば、いくらでも解き放たれた新しい世界を見つけだすことができるのです。
それは、今まで、感じたこともなかったようなカラフルで、鮮やかな世界です。
映像では、向こう側の世界が「カラー」で、こちら側の世界が「白黒」になっていることにもそれは示唆されています。
(だから、最後、踊らなかった男は、「白黒」に戻っていくのです)

私たちは、心身を解き放っていく中で、そのように、色あざやかで、光に包まれた存在の次元(天国的身体/意識/ドリームボディ)を、自分の内に回復していくことができるのです。

そのような二重の存在として、この世を生きることが可能なのです。
素晴らしい時は、死後にだけあるわけではないのです。
それは、今ここにも、存在しているのです

この世でも、天国へのオーディションを軽やかに突破して、自分の本来の天国を実現することが可能なのです。
むしろ、そのことが、生きることの「意味」なのでしょう。

それには、相棒の彼のように、霊感に誘われるままに、自分自身のステップを踏みはじめることです。
最初は、ぎこくなく、上手くできなくてもいいのです。
音楽の流れに身を任せて、グルーヴのままに身体を動かしていくことです。
そのうち、身体の硬さもだんだんとれてきて、流れ(フロー)や波動に乗りはじめます。
身体の動きが、本来の、天国の音楽とひとつになっていきます。
自己の内側に、変性意識状態的な、天国的身体(意識/ドリームボディ)が生まれ、溢れてきます。

まずは、一歩一歩、生活の中で、自分本来のダンス・ステップを見つけはじめることです。
埋もれた壁(日常)の向こうから聴こえて来る音楽に耳を澄まし、自分の本来のグルーヴや鼓動を感じとることがら、はじめることです。
そのことで、毎日毎日、世界が新しいということを、気づけるようになるのです。

※変性意識状態(ASC)やサイケデリック体験、意識変容や超越的全体性を含めた、より総合的な方法論については、拙著
『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。

↓動画解説「流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス」