【目次】
- 復刊『チベットの死者の書 サイケデリック・バージョン』
- 『死者の書』が描くものとは?
- ティモシー・リアリーと『The Psychedelic Experience』
- 死者に語りかける形式と、心の指針
- 3つの「バルドゥ(中有)」とは?
- 2つの光明──どちらを選ぶか
- 変性意識(ASC)の心理地図としての「死者の書」
- まとめ
- さらなる探求へ―サイケデリック・シャーマニズム
- 実際のサイケデリック体験 ―精神の宇宙飛行
先般、「サイケデリック・ルネサンス」と題して、NHKで、サイケデリック医療についての特集が組まれました。
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2025150567SA000/
今回の復刊も、そのような流れの中で起こったのでしょう。
ところで、「ルネサンス」という場合、元々の隆盛があったことが示唆されるわけですが、この場合は、1960年代の「サイケデリック・カルチャー」の流行です。
そして、その立役者が、ティモシー・リアリー博士です。そのあたりの詳細な経緯は、彼の愉快な自伝『フラッシュバックス』が参考になります。
『チベットの死者の書 サイケデリック・バージョン(原題 The Psychedelic Experience)』ティモシー・リアリー他/菅靖彦訳(平凡社)は、チベット仏教の「チベットの死者の書」を、サイケデリック体験用にリライトしたものです。
当時、よく読まれたもので、ビートルズのジョン・レノンが、この本にインスパイアされて名曲『Tomorrow Never Knows』を書いたのは有名な話です。最初、ジョンは、曲のSEとして、チベット僧による読経の大合唱を入れたいと言っていたようです。実際、初期のバージョンは、スローでそんな気配の曲です。
最近では、ビートルズのアルバムでは、サイケデリックな『リボルバー Revolver』の評価と人気が一番高いようですが(ローリングストーン誌等)、このアルバムのレコーディングが、『Tomorrow Never Knows』のレコーディングからはじまったというのは、とても示唆的です。実際、この曲からはじめなければ、アルバム全体が、あのように尖鋭的で、電撃的な形にはならなかったとも思われるからです。
『チベットの死者の書』とは、チベット仏教(カギュ派)において、人が亡くなってから転生するまでの49日間(バルドゥ=中有)に読誦される経典です。
この教えの根底には、「人は死後、再び生まれ変わってしまう」という輪廻転生の考え方があります。
そのため、この経典は、死んだ人の枕もとで読み上げられる経典なのです。
「生まれ変わりは災厄なので」、教えのメッセージを、死者に伝えることで、死者が生まれ変わらずに涅槃に行けるように、解脱できるように導くのが、この経典のコンセプトです。
ただし、現代の私たちがこのテキストに触れる際、必ずしも、その宗教的な前提を信じる必要はありません。
なぜなら、そこに描かれている死後世界のヴィジョンは、ユング心理学などでも語られるように、心の深層にある普遍的な心理現象として読み解くことができるからです。
つまりこの経典は、死のための本であると同時に、「生きている私たちの心の深層を理解するための書」とも言えるのです。
◆ティモシー・リアリーと『The Psychedelic Experience』
アメリカの心理学者であり、ハーバードの研究センターにもいたティモシー・リアリー博士は、1960年代のサイケデリック研究の先駆者です。
彼とそのチームは、LSDなどによる「意識拡張体験(サイケデリック体験)」の際に生じる、強烈な内的ヴィジョンや心理的プロセスを、『チベットの死者の書』に書かれた内容と重ね合わせて、再解釈しました。
多くの人びとにとって、サイケデリックス(幻覚剤/精神展開剤)によって生じる現象は、「理解しづらい不可思議な体験」でした。
しかし、『死者の書』には、それらに展望を与え、意味づけし、導いてくれる地図のような内容があったのです。
博士らは、サイケデリック体験と『死者の書』の世界を、「同じ深層心理の構造の現れ」として捉えたのです。
そのため、『死者の書』を、サイケデリック体験用にリライトすることを考えたのでした。
『チベットの死者の書』は、死者に語りかける形式で書かれています。
「聞くがよい、○○よ。今、お前は、○○を見ているであろう」
このような語り口で、死者が見るであろう景色を描き、その中で、「恐れず、真の光明を選びなさい」とアドバイスが与えられます。
死者が次々と心惹かれる幻想(心象)に出会っても、それにとらわれず、自己の本質(=光明、空性)と一体化すれば、輪廻から解脱できる──これが、この経典で語られ続ける、一貫したメッセージなのです。
そして、これは、サイケデリック体験においても同様なのです。
その人の心の働かせ方で、体験が、「深遠で超越的なものになるか」「そうならないのか」が分かれるのです。
世間で勘違いされているように、「ただ、サイケデリックスを摂ればいい」というわけではないのです。
『死者の書』では、死後に次の3つの中有(バルドゥ)を通過するとされています。
この3つの区分は、東洋の宗教思想においては、とても普遍的な形で見られるものです。「仏陀の三身」や「粗大/微細/元因」の領域などにです。
① チカエ・バルドゥ(超越的な空の世界)
・心を超えるかのような最深層
・内容のない〈空性〉の世界
・仏教的には「法身」に対応
・サイケデリック的には、無限定の「自然」「自由」といった、最も純粋な、超越的全体性な意識状態
② チョエニ・バルドゥ(集合的無意識・元型的な世界)
・多くの仏(如来)たちが現れる
・密教的で幻想的な世界
・ユング心理学でいう「集合的無意識」「元型」
・自我を超えた深層世界
③ シパ・バルドゥ(自我のゲームの世界)
・私たちの馴染みある「自我」の領域
・フロイト的な個人的無意識に対応
・通常の心理学が扱う範囲
・日常の思考、欲望、パターンの反復
これらの3つは、心の階層構造と見なせるものであり、死後だけでなく、サイケデリック体験や瞑想、夢、変性意識状態などを通じても体験されうるものです。
各バルドゥで、死者は2つのタイプの光明に出会うとされます。
1.眩しく恐れを抱かせる、真の光明(解脱への道)
2.親しみやすくくすんだ、執着を促す光(転生の道)
人はどうしても、自我の習慣に惹かれて後者を選びがちですが、『死者の書』では、「恐れるな、真の光明を、自己の本性と見なせ」と何度も説かれます。
このメッセージは、サイケデリック体験だけでなく、私たちの日常における選択にも通じるでしょう。
囚われた自我のゲーム、慣習・執着の道か、それとも、自由・創造・超越の道か。
そこに、別れ道があるのです。
この経典に描かれる3つのバルドゥは、死後の幻想だけでなく、私たちが生きている中でも触れうる「心の変性意識状態(ASC)」の地図ともなります。
・瞑想
・夢
・サイケデリック体験
・深い感情変化
・トランス状態
・神秘体験
これら変性意識状態(ASC)を通じて、私たちは無意識の深層と出会い、時に自己の本質やそれを超えるものに触れる機会を得ます。
『チベットの死者の書』は、そのような心の多次元的なプロセスを、「心の教科書」として照らしてくれるものでもあるのです。
◆まとめ
・『チベットの死者の書』は、死後の導きだけでなく、深層心理の構造を示す地図である
・リアリー博士はそれをサイケデリック体験にける指針として再把握した
・3つのバルドゥは、心や意識の階層(次元)と見ることができ、日常でも経験しうる
・光明の選択は、私たちの日々の選択にも通じるメタファー
あなたの心の中にも、この「死者の書」の多次元的世界は存在しています。
ぜひ、いつもの見飽きた自我を越えて、その奥にある真の自己に触れる探求を行なってみてはいかがでしょうか?
さて、この記事は、簡易な解説ですが、この『チベットの死者の書 サイケデリック・バージョン』で描かれているような、意識の多次元性や体験の可能性について、もっと詳しく知りたい方は、拙著『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』をお読みいただければと思います。
特に、本書の前半部では、『チベットの死者の書 サイケデリック・バージョン』について詳しく検討し、また、全編にわたって、「サイケデリック体験の両義性」について検討しています。
サイケデリック体験は、決して単純ではない、複雑な要素を多く持つからです。精神達成や意識変容の本質、心理構造にかかわるさまざまな局面を持っているのです。サイケデリック体験は、決して単純ではない、複雑な要素を多く持つからです。精神達成や意識変容の本質、心理構造の本質にかかわるさまざまな局面を持っているのです。それらは、既存の心理学の中にはないものです。そのため、このことを実経験とともに理解できている人間は、日本にはほとんどいないのです。そのあたりのことも、本書では詳しく書いているので、自分事として、その可能性と危険を本気で考えてみたい方には、おススメと言えるものです。
→詳細紹介『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』
また、実際に、深遠なサイケデリック体験を経験したいという方は、下記をおススメします。
「Luz de ayahuasca」
https://note.com/urbanshamanism
現地の優れたシャーマンやサイケデリック医師から、さまざまな事柄を教わり、研鑽を積むとともに、最適なサイケデリック/シャーマニズム体験が実現されるように、さまざまな要素で、「アヤワスカセレモニー」をデザインしています。
リアリーらが検証したように、実際のサイケデリック体験では、「セットとセッティング」というものが、とても大切になるからです。そのことによって、「どこに行くか」「何を体験するのか」「何を知るか」も変わっていくのです。
→アヤワスカ主催者が解説、セットとセッティングで変わる体験の質
私は、サイケデリック体験を、よく「宇宙飛行」に喩えています。
宇宙空間に行って、そこでさまざまな活動を行なうために、宇宙飛行士は、地上でさまざまな訓練を積みます。また、優れた導きが必要です。
そして、地球で得た練度のレベルによって、宇宙空間で見える風景も変わってくるのです。
ぜひ、素晴らしい「宇宙の風景」を目撃してみてください。
▼「Luz de ayahuasca」
note : サイケデリック体験に必要ないろいろな事項がまとめられています。
https://note.com/urbanshamanism
instagram:
https://www.instagram.com/luz_de_ayahuasca/
https://www.instagram.com/tq_zone/
変性意識状態(ASC)や意識変容、超越的全体性を含めた、より総合的な方法論については、拙著
『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。
ゲシュタルト療法については基礎から実践までをまとめた拙著
『ゲシュタルト療法 自由と創造のための変容技法』
をご覧ください。