カール・ロジャーズ Carl Rogers と言えば、言わずと知れた、カウンセリングの3原則/3条件が有名な、ロジャーズ派の創始者です。
日本では、カウンセリングと言えば、おおよそ、その系統の教えを受け継いでいるものが多いので、その考え方/方法論は、広く知られています。
加えて、ビジネスにおける利用面でも、傾聴姿勢の重要性などから、その理論は、広く知られるものとなっています。
しかし、有名である分、通俗的で、表面的な理解が先行していて、実際、彼が本当のところ何を言いたかったのか、どのような表現をしているのかなど、色々と伝わっていない面もあるように思われます。
実際、ロジャーズの文章は、一般的なイメージと違って? 非常に面白いものでもあるのです。
また、実践経験の中からつかみとられた、その言葉は、具体的・感覚的で、セラピーを実践する側の人間にとっては、とてもなじみやすく、納得的なものでもあるのです。
さて、そんな彼が、最晩年に、有名な「セラピーによるパーソナリティ変化の必要にして十分な条件」の、3つに加えて、ある付加的要素について言及していたことは、あまり知られていません。
3つの条件とは、
①自己一致 congruence
②無条件の肯定的配慮 unconditional positive regard
③共感的理解 empathic understanding
というものですが、これらに加えて、「もう一つの特徴を備えていること」について、彼は触れているのです。
私はここまで、リサーチによって研究され、支持されてきた成長促進的関係の特徴について述べてきた。しかし最近になって私の視野は、実証研究がまだまだ不可能な新たな領域にまで広がってきた。
グループのファシリテーターであろうとセラピストであろうと、私が最もよく機能しているとき、私はもう一つの特徴を備えていることを発見するのである。私自身の内面の自己、直観的な自己に私が最も接近しているとき、あるいは自分の内面にある未知の領域に何かしら接触しているとき、あるいはまた、それはおそらくその関係のなかで軽い意識変容状態( altered state of consciousness )にあるということであろうが、そういう状態のときには私が何をしようと、それがそのままで十分に治癒的になっているように思われる。そんなときには、私がそこに存在している( presence )だけで、クラエントにとって解放的であり、援助的になっているのである。どうすればこうした経験をすることができるのかはわからないが、リラックスして自分の超越的な核心( transcendental core )に接近していられるとき、その関係のなかで私は奇妙で衝動とも思えるような行動をとっているようである。そして、それについては私自身、合理的な説明がつけられないし、それは私の思考の過程とは関係がないのである。しかしこの奇妙な行動は不思議なことに、後になってから正しかったことがわかってくる。このような瞬間においては、私の内面の魂が相手の内面の魂にまで届き、それに触れているように思われる。私たちの関係がそれ自体を超越し、もっと大きな何かの一部になっていくのである。そこには深い成長と癒しのエネルギーが存在するのである。ロジャーズ『クライエント・センタード/パーソン・センタード・アプローチ』
中田行重訳(誠信書房)※太字強調引用者
さて、ここで彼が述べているような事態は、彼もそう表現していますが、私が他の記事でも触れている「変性意識状態(altered state of consciousness)」の本質と深いつながりのある事態と言えます。
そして、また、本当に深い次元で、クライアントの人と交感するファシリテーションを行なっている人にとっては、よく知られた事態でもあります。
彼自身は、「どうすればこうした経験をすることができるのかはわからない」と語っていますが、これらの実態は決して偶然でもなければ、幸運でもないのです。
これらの状態は、ある原理に基づいており、探求と訓練によって、反復可能、再現可能なものとなっているのです。
ところで、ロジャーズの言葉が興味深いのは、このような事態が、ロジャーズの現場経験、実践経験の果てに、「自然に」現れてきてしまったということなのです。
彼が意図的に、方法論的に、これらを求めていたわけではなかったということです。
実際、この論文の後の方で、彼は、「私自身、他の多くの人びとと同じように、この神秘的で霊的な次元の重要性を軽視してきたを認めざるを得ない」と語っているのです。
それにもかかわらず、彼は、真摯な探求の果てに、図らずも、このような「事実/事態」に直面してしまう、ということが起こっていたのです。
そして、ロジャーズのような百戦錬磨の実践者、現場経験者の口から、このような言葉を聞けるというのは、同様の事態の経験者たちにとっては、とても頼もしいことでもあるのです。
なぜなら、これらの事柄(事態)は、経験はしていても、既存の心理学概念の中ではとらえることが難しく、説明困難なものでもあるからです。
そのような事態は、しばしば、人間社会の中では、抑圧されて、無いものにされてしまいます。
しかし、説明や理解が難しくとも、それらが存在しないということにはならないのです。
そして、そのことを理解し、説明し、セラピー実践の中に組み込んていくことは、後代の仕事と言えるのです。
つまり、3条件だけで満足せずに、それらを十全なものにバージョンアップしていくのは、私たちのこれからの仕事であるとも言えるのです。
※変性意識状態(ASC)やサイケデリック体験、意識変容や超越的全体性を含めた、より総合的な方法論については、拙著
『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
および、
『ゲシュタルト療法ガイドブック 自由と創造のための変容技法』
をご覧下さい。