「シャーマニズム」と聞くと、どのような印象を持たれるでしょうか?
「未開部族の風習」「未開社会の迷信みたいなもの」「辺境のオカルト、魔術みたいなもの」といった印象でしょうか?
日本では、おおよそ、それがごく一般的な印象かもしれません。
しかし、芸術など文化的な創造的な文物の世界では、長らく、シャーマニズムが示唆する能力や感覚が、私たちの深層心理の中の「普遍的な要素」「超越的な能力」の表現なのではないかということが、鋭い人たちによってはなんとなく気づかれていました。
そのため、現在でも、或る種のクリエイティブな人々の中で(半ば冗談でも)、「あの人はシャーマン的だ」と言う場合、そこには(厳密な定義ではないのですが)、人間の中に潜んでいる、なにかしら「超越的・超感覚的な能力」が直観(予感)されているわけです。
1960年代以降、西洋的な文明の中にいる人たちも、サイケデリック体験や変性意識状態(ASC)、さまざまな心の変容技法(体験的心理療法)など、超越的な内的体験(変容)を実際に体験するようになって、そのような「心の変容/拡張の構造」が、伝統社会のシャーマニズムで言っていることと「構造的に似ている」ことに気づいていったのです。
その結果、「シャーマニズム」というものを、西洋的な先進に遅れた未開な習俗という位置づけではなく、人類のもつ「普遍的な心身変容の技法」として見直そうという機運が生まれたのでした。
そのようなネオ・シャーマニズム的な視点が、現在では、多数あるのです。
例えば、著名な映画監督でもあるアレハンドロ・ホドロフスキーは非常に多彩な活動でも知られていますが、彼の中核にあるある種の心理療法的実践を、サイコシャーマニズムと位置づけています(名称としては「サイコマジック」)。
それは、彼が自分の実践が、文化的には、シャーマニズムの伝統に準じていることを理解しているからです。
そして、その創造的超越的効果が、近代的な心理療法をしのぐ点があることを理解しているからです。
→ホドロフスキーとサイコマジック/サイコシャーマニズム
ところで、心理療法は、そもそも、心の変容や拡張的統合をあつかう方法論ですので、その点でも特に、シャーマニズムとは親和性が高い領域ともいえます。
ここでは、そのような「シャーマニズム」と「心の変容技法(心理療法)」に共通する構造などを見ていき、シャーマニズムの伝統的な知見を、現代に活かすポイント、現代的方法論(近代主義)の行き詰まりを超えるシャーマニズムの有り様について考えてみたいと思います。
ところで、シャーマニズムの研究については、著名な宗教学者ミルチャ・エリアーデの浩瀚な『シャーマニズム』(筑摩書房)が知られています。副題には「古代的エクスタシー(脱魂)の技法」とあります。拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』の副題もここからとられています。
大まかなシャーマニズムの構造理解として、今でも、まずはおさえておくべき一冊といえます。以下の内容も、多くを本著に負っています。
宗教の原形ともいうべき世界中のシャーマニズムには、似通った世界観があります。
シャーマニズムの世界観として、よく指摘されるのが3つの世界の区分です。
天上世界、地下世界、この地上世界です。
「天地人」の世界です。
そして、シャーマンとは、「脱魂」つまり魂を飛ばして、この地上世界から天上世界、地下世界を行き来する存在であるということです。この行き来(往還)を、旅 journeyといいます。
そして、その際にシャーマンを導き、天上世界や地下世界に導いてくれたり、案内してくれたりする存在が、「パワー・アニマル」と呼ばれる存在です。
仲間であり、守護者であり、その世界の住人に遭わせてくれたりもします。アニマルと言われますが、必ずしも動物だけではなく、様々な存在、形姿をしている〈実体 entity〉です。
また、この3つの世界を、一本に貫くものとして、世界樹・宇宙樹が、あるとされたりします。
天上世界には、雲や虹や煙に乗って行ったり、『ジャックと豆の木』のような、樹木で行ったりします。
地下世界には、洞窟や穴倉から行ったりします。『おむすびコロリン』や『不思議の国のアリス』の世界です。
民間伝承や神話、物語には、このようにシャーマニズムの祖形がいたるところに見られます(アリスの初稿が、『地下の国のアリス』Alice’s Adventures under Groundであったというのは大変示唆的です。そして、この場合、あのウサギが、パワー・アニマルというわけです)。
通常は、同じ方法や通り道を使い、それぞれの世界に行ったり来たりします。
天上世界、地下世界に、良い悪いの価値付けはありません。ただ、私たちが得られるものの傾向性はあります。
天上世界には〈叡智〉に関わるものが多く、地下世界には〈力〉や〈癒し〉に関わるものが多いとされています。
そして、シャーマンが行なうことといえば、向こう側の世界(天上、地下、異界)に行って、その時に必要な答えやパワーをこちら側の世界に持ち帰ることです。
そして、人々のために役立てることです。
この行きて帰りし旅が、シャーマニズムの基本構造なのです。
シャーマンになるには、そのプロセスに共通した要素が見られます。いわゆる「巫病」と呼ばれるプロセスです。
このようなプロセスを通して、人はシャーマンになります。
(1)「召命 calling 」
シャーマンになる人間は、なりたくてなるのではなく、嫌々ながらシャーマンにされるのが通例です。通常は病気になったり幻聴・幻覚を得たりと、予期せぬ事柄(呼びかけ)からシャーマンになるプロセスが始まります。
これが呼びかけられる体験であり、いわゆる「召命 calling 」です。
(2)「異界へ旅」
その後、なんらかの実体(精霊)にさらわれるような形で、魂が異界に連れて行かれます。
(3)「解体・切断」
その世界で試練を受けて、自己の「古い身体」が解体されるよう体験を持ちます。
(肉を全部剥ぎとられて、骨だけの存在になる等)
恐ろしさと不思議さがないまぜになった状態です。
(4)「新しい身体の獲得」
その試練の後に、自己の身体が「再生される」というような経験を持ちます。
再生された「新しい身体」を獲得するのです。
(5)「帰還」
そのうえで、この地上に帰還します。
それ以後、実体(精霊)とコミュニケーションする能力を獲得し、村落共同体で役立つ人間となります。
以上のような構造やパターン、要素が、世界のさまざまなシャーマニズムでは、共通して見られるのです。
④シャーマニズムと「潜在能力開発/神話/体験的心理療法」の類似性
さて、当スペースでは、このようなシャーマニズムの様々なプロセス・モデルを、人間の潜在意識への探索、心理学な再生(刷新)、意識の拡張(変性意識)のモデルと考えています。
一番目につきやすいところでいえば、シャーマンの行なう異界(天上世界、地下世界)への旅です。
これは、そのまま体験的心理療法における潜在意識への旅と考えることができます。
体験的心理療法において人は、変性意識状態(ASC)に入ることにより、自分の潜在意識の世界(異界)へと入っていき、必要なものを日常意識へと持ち帰って来るのです。
また、シャーマンにおける心身の変容プロセスは、体験的心理療法やゲシュタルト療法における心理的刷新のプロセスと大変通じる点が多いものです。
それは別に見た「英雄の旅(ヒーローズ・ジャーニー)」のモデルなども同様です。
例えば、英雄の旅をモデル化したジョゼフ・キャンベル自身が、このシャーマニズムの構造との類似性(同等性)に気づいていました。
そのため、
「神話の英雄、シャーマン、神秘主義者、精神分裂病患者の内面世界への旅は、原則的には同じもので、帰還、もしくは症状の緩和が起こると、そうした旅は、再生―つまり、自我が「二度目の誕生」を迎え、もはや昼間の時空の座標軸にとらわれた状態でなくなること―として経験されます。そして、内なる旅は、いまや、拡張された自己の影にすぎないものとして、自覚されるようになり、その正しい機能は、元型の本能体系のエネルギーを時空の座標軸をもつ現実世界で、有益な役割を果たすために、使わせるというものになります」キャンベル『生きるよすがしての神話』(飛田茂雄他訳 一部改訳、角川書店)
と語っているわけです。
この普遍的なプロセスについては、変容の普遍的構造として、「行きて帰りし旅」として、拙著『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』でも多くのページを割いて説明しています。
また、心理的な問題症状(苦痛など)について考えてみると、ここでも興味深い共通構造があります。
たとえば、クライアントの方にとっては、苦しい症状というものは、あたかも、なかなか消えない、憑依している「異物/悪霊/魔物」のように感じられていることが多いものです。
しかし、セッションを深めていくと、その異物/悪霊/魔物のような存在が、だんだんと自分の利益のために働いていた「スピリット」「パワー・アニマル」のような存在であったということに気づいていくことになるのです。
なぜなら、悪い症状というものは、実は、潜在意識のパワー(別の自我状態)が、クライアント本人のために創り出しているものだからなのです。
潜在意識(魂の全体性)は、本人を変容させようとして、それらの症状を生み出しているのです。
そのようなことがわかると、悪い症状として憑りついていた存在が、忽然と消滅し(憑依が解け)、別種の精霊的な存在(高次の智恵)に姿を変えるという現れ方をすることも多いのです。
悪い霊は、良い霊に変容したのです(実は元の姿に戻っていくのです。こういうおとぎ話もよくあるものです)。
そのような意味でも、このシャーマニズムのモデルは、そのような点でも、実感的なものとしてもとても役に立つモデルになっているのです。
そのため、当スペースでは、これらをシャーマニズム的な構造を重要なものと考え、「心理学的シャーマニズム」として、現代的エクスタシー(脱魂)の技法として位置づけているのです。
【関連】
※シャーマニズムにおけるエネルギーの扱い方については
→聖なるパイプの喩え(メタファー) エネルギーの流動と組織化
※強力なサイケデリック・メディスン(薬草)を使ったシャーマニズムについては
→サイケデリック・シャーマニズムとメディスン(薬草)の効果―概論
→アヤワスカ―煉獄と浄化のメディスン(薬草)
→さまざまなメディスン(薬草)―マジック・マッシュルーム、ブフォ・アルヴァリウス
関連記事
→諸星大二郎『生物都市』と鉱物的な変性意識状態(ASC)
→ロートレアモン伯爵と変性意識状態
→ 「聖霊」の階層(その1)、あるいはメタ・プログラマー ジョン・C・リリーの探求から
【ブックガイド】
シャーマニズム、変性意識状態(ASC)やサイケデリック体験、意識変容や超越的全体性を含めた、より総合的な方法論については、拙著
『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。