アーノルド・ミンデルと夢見(ドリーミング)の次元―プロセスワーク

 アーノルド・ミンデル博士は、ユング心理学から派生したプロセスワーク/プロセス指向心理学(POP)の創始者です。
 ミンデル博士とプロセスワークについては、何か書いておきたいと思いつつも、なかなか書けないでいました。
 それは、どこにポイントを絞って書いたら良いのか、アイディアが浮かばなかったからでした。

 そんな折、6月のミンデル博士の訃報に接し、いろいろと思い返しているうちに、今現在の自分の方法論や活動に、彼の影響がとても大きいことをあらためて痛感し、何かしら、言葉にしておいた方がよいと思って、今回、書いてみることにしました。思い出語りとして…

 実際、その昔、プロセスワークの日本への導入者であった富士見ユキオ(藤見幸雄)先生のところには、十年以上に渡って通っていましたし(当時、ディプロマは彼だけでした)、ミンデル博士のワークショップにも毎年のように参加し、ある年には、ミンデル博士と直接デモンストレーションをさせてもらう機会を得たりもしました。デモンストレーション後の休憩時間に、彼に言われた言葉は、その後の私の方向性を暗示するものになりました。また、ここにはとても書けないような不可思議な出来事などもあり、ミンデル博士には、いろいろとご縁を感じるものではあったのです。

 よく通っていた当時は、次々と新著が届けられ、ワークショップでも、毎年、新しい概念が導入されてくるといった状況でした。
 そんな風にして、プロセスワークの適応範囲は、どんどん広がっていくことになりました。
 参加者の雰囲気も、少しづつ変わっていきました。ディープな感じの人が減っていったのです。
 昔の、あの少し妖しげな、しかし可能性に満ちた時代を懐かしく思い出す人も多いでしょう。

 しかし、私にとって、当時もそうでしたが、今もって一番参照されているのは、「ドリーリング(夢/夢見)の次元」に関わる、ミンデル博士の独特の感覚/センスなのです。
 プロセスワークが、「ドリームボディ(夢身体)」というコンセプトから出発したのは周知の事実ですが、「ドリームボディ」のヴィジョンの中には、すでに、後に展開される方法論のさまざまな要素が胚胎していたようにも感じられました。
 そしてそれは、ミンデル博士の中に、「ドリーリング(夢/夢見)の次元」に対する、或る感覚/センスがあったからです。
 その独特な感覚が、私を惹きつけた点でもあったのです。

 その当時も、私は、富士見さんに、「あなたは、『他人の夢』の中の入っていく」とか「隠れシャーマンだ」などと言われ(揶揄われ)ましたが、私にとって、「夢/夢見/ドリーミング」の存在は、単なる概念ではなく、ホログラムのように生き生きとして、たしかな姿/実在感をもったものであり、そこに振動的に同調することで、感覚的にさまざまな事柄がわかってくるのでした。
 夜間の夢はもちろんのこと、日中の現実生活の中にも、夢の像は、ホログラムのように浸透しているのです。
 肉体や心象、感情や欲求、関係性や出来事、この世と異界の中に、パターンをつくりだし、手づかみできるようなたしかな実在を持っているものなのです。

 ミンデル博士の説明は、そのようなシャーマニズム的な夢の感覚を、とてもうまく表現してくれているものだったのです。
 当時、私はゲシュタルト療法もさかんにやっていて、その探求の果てに、強度な変性意識体験や、トランスパーソナルな次元に超出してしまうという変容も得ていました。
 しかし、ゲシュタルト療法の世界観というのは、ミンデル風に言えば、凡庸な「合意的現実 consensus reality」の世界観しかなかったため、そこに、非常な窮屈さや違和感、足りなさを感じてもいたのでした。「合意的現実」とは、人々が皆、相互に合意しているというだけで、「現実」と信じられている表層の世界のことです。
 そんな折、「夢/夢見/ドリーミング」や、ミンデル博士の拡張された、多次元的世界観は、実際の実在感覚として、とてもしっくりくるものだったのです。

 そんなわけで、プロセスワークは好きだったのですが、実際のセッション(ワーク)自体の変容効果が弱いと、個人的には不足を感じていたので、おもてだった自分の方法論としては採用しませんでしたが、今でも、私が、クライアントの方に提供するさまざまな変性意識状態や、変容した感覚、拡張された現実感(リアリティ)を説明するのに、ミンデル博士の世界観を、主に(頻繁に)使っているという次第なのです。
 実際、「夢/夢見/ドリーミング」が浸透している私たちのこの多次元的な現実を、ミンデル博士のように、生き生きと、色彩豊かに表現できている人もいないからです。

 また、富士見さんのセミナーについて言えば、ひとつ忘れられない出来事があります。
 二十年くらい昔のことですが、セミナーの流れの中で、突然、富士見さんと私が、ワークするような場面になったのです。
 即興演劇のように、いきなりそういう状況になったのです。
 私自身は、ゲシュタルト療法でそういう遊びめいた形でワークに突入するのは好きだったので、その場面に飛び込んでいったのです(現在のゲシュタルト療法にそういう面は皆無ですが)。
 まわりの人は驚いたようでした。
 そして、皆の前で、そんなこんな展開する中、ある場面で、私自身の中から、予期せぬ形で、〈強烈な変性意識状態〉が現れてきたのです。
 現実が変容し、「別の次元」が視えてきたのです。
 顕れてきたのです。
 富士見さんは、それを、「生と死、叡智と狂気を超えたところで瞑想するプロセスだ」と呼びました。
 そして、「超健康なプロセス」としたのです。
 強烈な「夢見の次元」が浮上してきたのです。
 まわりで見ていた人は、何が起こったのかわからず、チンプンカンプンのようでした。
 私自身、そこで起こったことを理解するのに、その後、数年かかったのでした。

 そして、今、思い返してみても、この「生と死、叡智と狂気を超えたところで瞑想するプロセス」というのは、言い得て妙だなと、つくづく感慨深く思うのです(当然、私がその時話した言葉を構成して、そう言ったのですが)。
 当時も、さまざまなぶっ飛んだ変性意識の体験を持っていましたが、その後に経験していくことは、まさに「生と死、叡智と狂気を超えたところ」にある意識状態の数々だったからです。
 そして、今も、その旅はつづいているからです。
 当時より、今の方が、このフレーズが、ぴったりとなじむようになっているからです。

 さて、今回は、訃報に呼び起こされて、ミンデル博士とプロセスワークについて、少し書いて見ました。
 プロセスワークとミンデル博士の言動には、興味深いものが、他にも多数あるので、機会があれば、また書いてみたいと思います。

【ブックガイド】
変性意識状態(ASC)やサイケデリック体験、意識の超越的変容を含めた、より総合的な方法論については、拙著
『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』
および、深遠な変性意識状態(ASC)事例も含んだ
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容(改訂版)』
をご覧下さい。
ゲシュタルト療法については、基礎から実践までをまとめた総合的解説、
拙著『ゲシュタルト療法 自由と創造のための変容技法』をご覧下さい。

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