ホドロフスキーとサイコマジック/サイコシャーマニズム

◆知らされた消息

 その昔、アレハンドロ・ホドロフスキー監督といえば、ジョン・レノンが惚れ込んだ『エル・トポ』やその後の『ホーリー・マウンテン』などのカルト・ムービーの映画監督として有名でした。

 その後は『サンタ・サングレ』など、わずかな作品の紹介はありましたが、長くその消息を耳にすることもなく、彼が活動しているのかしていないのかさえ分からない状況でもありました(昨今では、その映画をはじめ、多彩な活動が日本でも知られる状態となっており、昔日の状況を思うと少し不思議な気持ちにさせられます)。

 さて、そのように長く知られない状態があったため、自伝として突然届けられた『リアリティのダンス』(青木 健史訳/文遊社 2012年)は、ホドロフスキー氏のその間の消息を伝えてくれる貴重なドキュメントとなっていたわけです。

 そして、その内容は、『エル・トポ』以前も以後も、彼が実に濃密で精力的な活動を生涯の探求として推し進めていたことを知らせてくれるものでもあったのです。

◆サイコマジックとサイコシャーマニズム

 さて、その自伝的な内容ですが、シュルレアリスム(超現実主義)―彼は大きくはその系譜に属します―アラバールのパニック演劇との関係などアート系の活動は、比較的予想がつく範囲内での内容であったわけですが、その延長・周辺でさまざまな精神的探求の活動も同時に推し進めていたというのは、驚きでもあり納得的な事柄でもありました。(『サンタ・サングレ』は心理療法的な物語でした)

 そして、本書は、(本物らしき?)カルロス・カスタネダやアリカ研究所のオスカー・イチャーソなど、その関係での人々との交流やその体験描写もとても興味深い内容となっていたのでした。

 中でも、多くの紙数を割いている、サイコマジック、サイコシャーマニズム関連の記述は、その内容の具体性からも方法論的な見地からも、その方法論の稀少性からしても、大変貴重なドキュメントとなっているものです。
 当スペースのように、体験的心理療法や変性意識状態(ASC)シャーマニズムや創造性開発を方法論的なテーマにしている者にとっては特にそうであったわけです。

 ところで、彼のいうシャーマニズムとは、いわば「本物に近いシャーマニズム」です。
 通常、現代社会の中で「シャーマニズム」という言葉が、方法論的な概念として使われる場合、多くは、その構造的なモデルを「比喩的に」呼ぶために使われているものです。
 変性意識状態(ASC)を含んだ、意識の拡張された可動域や範囲、潜在意識の力動性、心理的変容を描くのに、伝統的なシャーマニズムのモデルがとても有効に働くという見地からです。
→内容紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』

 それは、必ずしも伝統社会のシャーマニズムのように、まるごとの信念体系(世界観)として使われているわけではないのです。
 そのような意味では、ホドロフスキー氏のシャーマニズムは、方法論的に、より「本物のシャーマニズム」にスタンスともなっているわけです。
 そこでは、肉体的な病気の治療に見られるように、精神(潜在意識の力)が、肉体物質の情報を書き換える力を持つことを、もしくはその区分が無い領域を前提としているものであるからです。現代主流の唯物論的な考え方ではありません。
 まさに、マジック・リアリズム(魔術的現実主義)なわけです。
 そして、もし、ホドロフスキー氏の施術を「事実」として受け入れるならば、私たちは、物質や精神についての唯物論的な世界観(メインストリームでの区分)を考え直さなければならないというわけなのです。
しかし、「心をあつかう現場」的な事実や実感からすれば、実際的には、事態はまったくそのようになっているのです。
そのため、「心の深層をあつかっている現場」にいる人間にとっては、彼のアプローチがとても説得力を持つものに感じられるのです。実際、心の深層をあつかう現場においては、信じられないことや不思議なことは、よくあることなのです。

 そのような意味においても、本の中では、施術のディテールを詳細に記してくれているため、「背後の原理」を知る点でも非常に参考となるものになっているのです。
 そして、その真実については、各人がさまざまな実経験や実践を通して、検証していくしかないものとなっているのです。これらの事象を、人々が現在盲信している近代的な世界観や先入観によって、ありえないこととして裁くことは無意味なことなのです。
 実際、これらの内容(現象)は、筆者自身、クライアントの方々に起こる不思議な変容経験からも、自分のさまざまな変容体験からも、違和感なく受け取れるものとなっているのです。また、その原理的な面にも照明が当てられており、大変ありがたく感じるものでもあるのです。それは、私たちの未知の「意識の可能性」について、教えてくれるものであるからです。
 そして、問題は、どちらかというと、こういう事柄を体験したり、検証したりすることのできる「心(潜在意識)の深層をあつかう現場」が、圧倒的に少ない(ほとんどない)ということが、問題であるように痛感されるのです。

◆信念体系(ビリーフ・システム)の強い影響範囲

 さて、上に触れた、私たちの「近代的な世界観や先入観」は、私たちの能力に強い制限的な影響を及ぼします。
 そのことについて、以前取り上げた、NLP(神経言語プログラミング)の神経論理レベルの中における、信念(ビリーフ)との関連で、少し考えてみたいと思います。

NLPニューロ・ロジカル・レベル(神経論理レベル)の効果的な利用法

 ロバート・ディルツ氏の考えた「神経論理レベル」においては、「信念」という階層が、実現可能性(できる)の上に位置しています。
 このモデルは、「人は信念の内あることのみを実現できる」ということを意味しているわけです。
 信念体系が、人のリアリティの範囲を確定しているという原理構造です。
 NLPでは、この信念体験を書き換える作業を狙うのですが、残念ながら(実際のところは)、深層レベルまでのプログラムの書き換えを実現できる力は、NLP(神経言語プログラミング)にはありません。

 ところが、筆者の実際に経験した多様な事例(さまざまなぶっ飛んだ事例)から考えると、ホドロフスキー氏のアプローチでは、それを実現できる可能性があるということです。それは、ホドロフスキー氏が「潜在意識(無意識)の働く原理」とそのパワーを、感覚的・直観的に(芸術的な造形感覚で)しっかりとつかんでいて、その潜在意識に同調して、それに影響を与える方途を知っているからです。そのような深い領域においては、凡庸な心理学より、非凡な芸術的直観の方が、はるかに有効なのです。
 当然、彼のやり方で、クライアントの方のすべての問題が解決するとは思えませんが、通常の心理療法や精神医療が届けない点に、彼の「サイコマジック/サイコシャーマニズム」は、精神的なエネルギーを流すことができるということはわかるのです。その点が、彼の方法論の素晴らしく興味深い点であり、霊感を与えてくれる点なのです。

 ところで、ホドロフスキー氏のサイコ・マジックを原案にし、彼自身も出演した映画『Ritual(邦題ホドロフスキーのサイコマジック・ストーリー)』では、主人公が癒しのために受ける儀式(施術)に対して、恋人の男がしきりに「信じるな」と連呼します。彼の世界観では、魔女のような施術者が行なう儀式などは迷信以外の何ものでもないというところなのでしょう。そして、映画の最後は、主人公の儀式(施術)を妨害して台無しにした結果、その恋人が主人公に殺されてしまうという結末となっています(本当は、この施術の結果として主人公の苦痛と妄念は取り除かれるはずたったのです)。
 つまり、恋人の男は「信じない」ことによって、自らの命を落としたともいえるでしょう。
 では逆に、彼が信じていた世界とは果たしてどのような世界だったのでしょう。
 主人公や施術者が信じる世界より彩り豊かな世界だったのでしょうか…

 さて、ホドロフスキー氏の作品や活動は、この他にも非常に多岐に渡っていますが、そのどれもが、現代社会を覆う私たちの制限的な信念(リミティング・ビリーフ)を超えた、生や現実の豊かさを教えてくれるものとなっているのです。
 そのような意味において、ホドロフスキー氏の世界と実践は、現代では数少ない本物のマジック・リアリズム(魔術的現実主義)となっているわけなのです。

 そして、当スペースが行なっている、「超現実主義的」セラピーとその本質においては、同様のものとなっているのです。

【関連】
「サイケデリック・シャーマニズムとメディスン(薬草)の効果―概論」
「アヤワスカ―煉獄と浄化のメディスン(薬草)」
「さまざまなメディスン(薬草)―マジック・マッシュルーム、ブフォ・アルヴァリウス(5-MeO-DMT)」

※気づきや統合、変性意識状態(ASC)へのより総合的な方法論は拙著↓
入門ガイド
『気づきと変性意識の技法:流れる虹のマインドフルネス』
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。

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