聖なるパイプの喩え―シャーマン的なエネルギーの扱い方 フロー・創造・透視

◆はじめに:聖なる「通り道」としてのシャーマン

 「聖なる癒し手」である、ネイティブ・アメリカンのメディスン・マン(シャーマン)は、しばしば自分たちのことを「パイプ(Pipe)」に喩えます。
 自分たちは「通り道」であり、その中を精霊的な力――異界のヒーリング・パワーが通り抜けていく、ということを指した言葉です。

「治療師はワカン・タンカ(※)と助手たちが人びとを助けるときに、彼らがそれを通して働くための穴のようなものだと、ブラック・エルクは言っていましたが、あなたもそのように思われますか?」
「わたしたち[ブラック・エルクと彼]はそれについて何度も話し合ったよ。高き力がわたしたちに同じことを教えたという点では意見が一致したね。われわれは穴のようなものなんだ。しかし、わたしは治療に中空の骨を使うので、治療師は『小さな中空の骨』だと考えることにしているよ」
「治療師たちはみんな、ワカン・タンカ、トゥンカシラ、助手たちにとっての中空の骨、彼らがそれを通じて働くための道具なんでしょうか?」
そこを通り抜けていくんだよ。パワー(力)はまずわたしたちを満たし、わたしたちをそれにふさわしいように変えてから、そこを通って他人へと流れていくんだ」

マイルス『フールズ・クロウ 知慧と力』澤西康史訳(中央アート出版社)

 つまり、彼らは「力の発生源」ではなく、「力の通路」という意味です。

 彼らにとって「メディスン(不思議の力)」とは、自分が意図的に操るものではなく、 「聖なる未知の何ものか」が自発的に働いてくれる「力の流れ」なのです。
 ゆえに、その力を通すためには、自己の心身が澄みきり、堅固で空洞なパイプのような存在であることが求められるのです。
 シャーマンが、聖なるパイプを携え、浄化と修行、儀式(セレモニー)を重ねるのは、このためです。


◆フロー体験と心理的統合 ― 無我の中の高次の統御

 「聖霊に満たされたような」ハイ・パフォーマンス状態――
 いわゆるZONEの状態、フロー体験では、私たちは「自分が行為をしている」感覚と同時に、「自分ではない何かが自分を通して動いている」感覚を、二重に持ちます。
 その瞬間、意識は拡張し、時間感覚はゆがみ、全存在が一点に集中しながらも、どこまでも透きとおる。
 まるで、目標に向かうための「透明なパイプが自分の中に開通している」ような感覚です。

自意識は消失するが、いつもより自分が強くなったように感じる。時間の感覚はゆがみ、何時間もがたった一分に感じられる。人の全存在が肉体と精神のすべての機能に伸ばし広げられる。

M.チクセントミハイ『フロー体験入門』大森弘監訳(世界思想社)

 このとき、重要なのは、「何かを操作しよう」とする意識はなく、自らは空洞になっており、「流れ/フロー」そのものになっているということです。
 そして、その「空洞」は、堅固で安定していることです。
 なぜなら、余計な自意識があったり、心身がノイズに満ちていると、エネルギーの流れが滞り、詰まり、強度に耐えきれなくなるからです。
 このように、高エネルギーに貫かれた状態を考える時、シャーマンの「空洞のパイプ」のような「戦士的あり方」は、とても参考になるものなのです。


◆自我の統合と「無我」の準備

 自らを「透明なパイプ」にするには、自我の領域で、充分に統合が進んでいることが欠かせません。
 通常の私たちは、自我の分裂や、心身の抑圧を普通に持っています。
 心に葛藤や分裂、ノイズが多ければ多いほど、内なる流れは目詰まりを起こします。
 「浄化」が、高次のエネルギーをあつかうシャーマニズムや秘教的訓練で重視されているのは、このためです。

 心理学者ケン・ウィルバーも、自我の統合が深まると、トランスパーソナル(超越的)な意識が自然に立ち現れると述べています。
 逆にいうと、分裂や抑圧が大きいと、私たちは、そこに「引っかかって/囚われて」しまうのです。

 つまり、人格と心身の統合が、無我(空洞)と超越への道を開くのです。

◆透視/夢見の技法 ― 芸術・儀式・形式の力

 拙著『砂絵Ⅰ:現代的エクスタシィの技法』では、「夢見の技法」というテーマで、幻視や意識変容の技術を論じました。
詳細紹介『砂絵Ⅰ: 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容(改訂版)』

 ここでも重要なのは、或る種の「形式」や「儀式構造」が、内的集中を支えるフレームになるということです。
 形式は、ただの枠ではなく、私たちを「堅固なパイプ」へと変容させる補助具でもあるのです。

 それは、シャーマニックな芸術においても、同様です。
 例えば、ロートレアモン伯爵の創造プロセスを、例に取るなら、彼が並外れて潜在意識の宇宙を探求できたのは、作品形式という「儀式的な構造/パイプ」が、彼の「透視的な夢見/幻視力」を支えていたからでした。
ある未来の意識―ロートレアモン伯爵と変性意識状態

 

◆聖なるパイプの喩えを日常へ

 「聖なるパイプ」の喩えは、シャーマンだけの神秘的な話ではありません。
 私たちの日常においても、創造や仕事、芸術など、あらゆる領域でこの原理を活かすことができるのです。
 自分を浄化し、澄ませ、堅牢な構造をもって、内なる純粋なエネルギーを自然に流れさせる。
 そのとき、創造的な「聖霊のような息吹」は、私たちの内側を通って、世界へと自由に流れていくのです。

◆まとめ:エネルギーの通り道として生きる

 高度に創造的な集中とは、閉じることではなく、結晶のように澄ませることだと言えます。
 自分を「空っぽのパイプ」にして、聖なるエネルギーが通り抜けていく「通り道」のようにすること。
 それが、フロー体験にも、創造作業にも、癒しの技にも通じる姿勢(スタイル)です。
 高次の宇宙的エネルギーをはらんだ、シャーマン的な生き方と言えるのです。

※この記事は、紹介用の簡易版です。より詳しくは、下記をご覧ください。
聖なるパイプの喩え(メタファー) シャーマニズムの方法 エネルギーの流動と組織化

【関連】
変性意識状態(ASC)とは何か ― 統合すれば超越する
意識の多層性とメタ・プログラマー(ジョン・C・リリー)
心の構造モデルと心理変容のポイント ― ケン・ウィルバーの意識のスペクトル論

変性意識状態(ASC)や意識変容、超越的全体性を含めた、より総合的な方法論については、拙著
『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。
ゲシュタルト療法については基礎から実践までをまとめた拙著
『ゲシュタルト療法 自由と創造のための変容技法』
をご覧ください。

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