当スペースでは、グレゴリー・ベイトソンの学習理論における階層性(一次学習、二次学習)をよく例に引いています。
それは、この考え方のモデルが、私たちの心の可能性やその飛躍(成長)の実践法として、適切なバランスを有していると考えられるからです。
それは、反復学習による学習能力自体の進化(構造化)を意味しており、主に、無意識的な階層性として心のなかに形成(組織化)されていく、「質的な階層性」「次元」を考慮したものであるからです。
そして、一般に考えられているような「ベタッとした学習」ではなく、「学習」の中に含まれているさまざまな質的差異について、考えが練られているからです。
それらは、後天的・生成的なものではありますが、より根本的なレベルに近い領域での心の構造(階層・組織化)をもたらすものと言えるものです。
→グレゴリー・ベイトソンの学習理論と心の変容進化
ところで、そこまで、深層無意識的・構造的なレベルではなくとも、もう少し日常意識に近い無意識レベルでも、さまざまな階層性や構造をもって、私たちは成り立って(組織化されて)いるものです。
そのため、そのような浅いレベルの情報を効果的に整える(整列させる)だけで、私たちは人生(生活)に変化を創り出していくことができるのです。
今回は、そのような方法論のひとつとしてロバート・ディルツが考案し、NLP(神経言語プログラミング)でよく使われる『ニューロ・ロジカル・レベル Neurological Level (神経論理レベル)』を取り上げてみたいと思います。
これも、適切に使えば、簡易な自己調整が可能となるものです。
→効果的に作用するNLPのフレームとは
→日本のNLP(神経言語プログラミング)はなぜ退屈なのか
このモデルには「思想的な意図」と「エクササイズ」との二つの側面(要素)があります。
①思想的な意図
『神経論理レベル』は、認知と情報についての、5つの階層のレベルです。
1.Identity アイデンティティ WHO誰 …私は何者か? ミッション
2.Belief 信念・価値観 WHYなぜ …私が信じているのは何か?
3.Capability 能力 HOW いかに …私ができることは何か?
4.Behavior 行動 WHAT何を …私が行なっていることは何か?
5.Enviroment 環境 WHEN WHERE いつどこ …私は、どんな環境にあるか?
はじめの方が、上位の階層です。
(後に、ディルツは、6番目の階層としてスピリチュアリティを加えましたが、ここでは初期の版を使います)
この5つの要素によって、私たちは
「私(WHO)は、
そこ(WHERE)に
行く(WHAT)ことが、
できる(HOW)
とは信じられない(WHY)」
などと認知したりしているというわけです。(図表、参照)
ところで、このモデルは、初期NLPのメンバーの思想的な後見人でもあったベイトソンの思想に拠ったものとされています。
ベイトソンのシステム的な思想においては、万物が、精神も自然も一貫して関係づけられた情報の体系であると見なされています。
その中では、論理階梯 logical typing のように「階層づけられた情報の流れ」を通して万物が作動しています。
さて、神経論理レベルの考えでは、この5つの層は私たちの中で作動している認知的なシステムという仮説です。
私たちが、何か行動を起こしている場合は、無意識の内にこのようなシステムの階層性を持っているという仮説です。
ここでのポイントは、その制御性と一貫性です。
より高い階層のものが、下位の認知システムを制御しているというわけです。
上位の階層の認知が、限定的であれば、下位の階層の認知も、限定的です。
上位の階層の認知がひろがれば、下位の階層の認知もひろがります。
5つのレベルに、整合的な一貫した情報とエネルギーの流れがあれば、行動は的確に為されます。
②実践エクササイズ
実践は、通常エクササイズ形式で、スペース・ソーティング(場所の移動)を使って行なわれます。
NLP(神経言語プログラミング)のスペース・ソーティングは、ゲシュタルト療法のエンプティ・チェアの技法から転用されたものです。心理的投影の原理を利用し、さまざまなスペース(場所、クッション、椅子等)と、心理状態(自我状態)を催眠でいうアンカリングして(結び付けて)、各スペース(場所)に入るとその心理状態(自我状態)が現れるようにセッティングする(条件づける)のです。
ここでは、各階層レベルと各スペースをアンカリングして、各スペースの位置に来た時には、各レベルの内的状態(自我状態)が引き出されるようにするのです。
さて、この神経論理レベルでは、さまざまな場面での自己の内的状態を検証することができます。
・現在の自分を構成している5つの階層
・悪い状態の自分を構成している5つの階層
・欲しい状態の自分を構成している5つの階層
などです。
例えば、「欲しい状態の自分を構成している5つの階層」を例にとって、見ていきますと…
このエクササイズ全体を見守る、「メタ・ポジション」を立てた上で、最初の「環境」のスペースに入って、欲しい状態の自分を作っている「環境」要素を確認していきます。場所・日時・見えるもの・聞こえるもの・体感覚・感情・気分などを確認していきます。
同様に、「行動」「能力」「信念」とスペースを移動しながら、より高い階層の各属性(現れてくる感覚や感情/自我状態)をチェックしていきます。
人は、ここであることに気づいていきます。
階層の高い部分に行けば行くほど、下位の階層の状態が、上位階層の影響のうちにあるということです。
と同時に、普段の私たちが、単なる思い込み分自身を制限(制御)していたことに気づきはじめるのです。(上の図表のようなイメージです)
最後の「アイデンティティ」の位置においては、さまざまな限定を脱落させた未知の自分や真のミッションに触れるかもしれません。
今度は、そこから下層のレベルに向かって戻って(降りて)いきます。
新しく確認したアイデンティティから、自分の信念や価値観、能力や行動を、検証して、環境世界をチェック・確認していきます。
おそらく、さきほど、階層を上がった時よりも、すっとひろがりと流動性をもった世界が確認されて、自分が限定的なものの見方に落ち込んでいたことが確認されると思います。
最後に、5つの階層を一貫して流れる情報やエネルギー(存在状態)を確認して、エクササイズを終えます。
さて以上、神経論理レベルを利用したエクササイズを見てみましたが、この5つの階層を検証するエクササイズの含意は、私たちが普段の生活において、身近な下位階層(環境、行動)の認知に縛られて(限定されて・引っ張られて)、真の自己を見失っているという状態に気づくということです。
欲求と情報がバラバラになっていて、統合を失っている自己の状態に気づき、それらを整列・統合させるということなのです。
また、上位の自分自身に状態的・エネルギー的につながることで、自分のミッションや価値観、信念を刷新し、新しい行動への強い動機づけになるということです。
そのため、各階層の状態の流動性を高めて、それらを整列させて、新しい自己の一貫性を戻そうというのが、このエクササイズの含意となるのです。
エクササイズ自体は、ゲシュタルト療法のセッションのように、深いレベルで作用するのではありませんが、融合させて使ったりすることにより、さまざまに多様な展開も可能なものとなっているのです。
また、日々少しだけ時間をとって行なうには、自分で内的状態を整えるのに有効な技法となっているのです。
最後に付け加えると、実に多くの人々が「自分にはできない」「自分には才能がない」という勝手な思い込み(信念/ビリーフ)を持っています。
しかし、このモデルにあるように、人は信念/ビリーフの内にあることしか実現できません。
信念/ビリーフが、そのように限定されている限り、「できない」のは事実なのです。
しかし、一方「できない」と思っていたことが、何かの偶然で、仕事で無理やりやらされてできてしまった(できることに気づく)ということも多くの人が経験していることと思います。
物事は、やりはじめてしまえば、できてしまうものなのです。
「できる」という信念/ビリーフに変わった時から、人生は別の可能性に開かれはじめるのです。
『神経論理レベル』は、そのような原理の背後にあるものを教えてくれるものでもあるのです。
【ブックガイド】
変性意識状態(ASC)を含む、より総合的な方法論については、
拙著
『流れる虹のマインドフルネス―変性意識と進化するアウェアネス』
および、
『砂絵Ⅰ 現代的エクスタシィの技法 心理学的手法による意識変容』
をご覧下さい。
ゲシュタルト療法については基礎から実践までをまとめた解説、拙著
『ゲシュタルト療法 自由と創造のための変容技法』
をご覧ください。